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「どうしたの?泣いてるの?なんでオヤジが泣くの?」
「泣きたいから泣いてるんだ。それに俺はオヤジでは……」
「だってオヤジの名前、知らないもの」
「あ、そうか。教えてなかったな。俺の名前は、野田誠。教えたんだから、もうオヤジは無しな」
「分かった、誠」
「いきなりの呼び捨てかよ」
「ねぇ、一つ訊いてもいい?」
「なんでもどうぞ」
「誠は、一人暮らしなのに、なんでこんなに広いマンションを買ったの?」
「結婚するはずだったからさ」
「そうなんだ、でも結婚はしなくなったの?」
「ハッキリ云ってそう。相手の方がね。ドタキャンってやつ。マンションまで買ったのに」
「もったいないね、こんなに広いのに、誠、一人なんて」
「もったいだろ?俺もそう思うんだ、あっ」
「そうだ、美帆さん、ここで暮らす?」
「ここで、ワタシが?だけどお母さんが一人になっちゃう」
「お母さんが、男を連れてきた日にだよ。
あんな危ない場所ではなくて、真っ直ぐここへ来たらどうかな?」
「……いいの?」
「その方がいい。後で合鍵を作って渡すから」
美帆は、急に立ち上がった。
そして、俺に頭を下げた。
「ありがとう、誠さん」
「いいから、座って。あと、無理して『さん』を付けなくていいから」
それを訊いて、彼女は笑った。
それは初めて観る彼女の笑顔だった。
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