落下〜無重力に堕ちていく〜

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工藤は自分のダンボールで出来た住処に辿り着くと、あんぱんの入ったビニール袋を置いた。 「──よぉ工藤。なんか良いもんでも落ちてた?」 隣の段ボール造りの住処から、顔も出さずにそう声だけが聴こえてくる。工藤は声の主の住処である段ボールに向かって返事をした。 「食べかけのあんぱんがコンビニのゴミ箱に捨ててあった」 「へ〜それは(じょう)モノじゃねぇか」 ようやく短いタバコを咥えながら、髭面の田辺晋作(たなべしんさく)が工藤に向かって顔を見せた。 田辺は工藤と同じ30代半ばでいつも同じ汚れたグレーのスウェットの上下を着ているホームレスだ。 「なぁ工藤……もうそろそろさ、こんな生活おさらばしたくね?」 「は?何?いい話でもあるのか?」 「まあね」 田辺はタバコを咥えながら空を眺めた。先程まで晴れ渡っていた青空は、灰色の雲に覆われて一雨きそうな空模様だ。 「工藤──内緒にできる?」 「なんだよそれ? てか内緒も何も話す相手なんて田辺くらいだけどな」 「おっけ」 工藤の言葉を肯定と受け取ったのか、田辺はボサボサの髪の毛を掻きむしると、ヤニだらけの口元をニッと引き上げた。その瞬間、田辺の葉がキラリと歯が光る。田辺の右上の犬歯は銀歯なのだ。 また工藤は田辺が笑うと右片側だけに出るエクボが田辺には不似合いだといつも思っていた。 「じゃあ工藤には特別に教えるな」 工藤は勿体ぶった田辺の話し方に怪訝な顔をしながら田辺の前に置いてある空き缶を指差した。空き缶の中にはタバコの吸い殻が入っている。 「田辺、俺もそれ頂戴」 「おう、どうぞ」 田辺は空き缶の中から出来るだけ長いタバコを探して取り出して工藤に渡した。田辺は公園や道路の排水溝にポイ捨てされているタバコを拾い集めてきて再利用しているのだ。 田辺はマッチで工藤の咥えているタバコに火をつけると、声を顰めた。 「……実はいい話しもらってさー……3日後から暫く留守するから」 「え? 留守?」 工藤は田辺の言葉を反芻した。 「俺っちも詳しくはわかんないんだけどさ」 田辺はどこか忘れたが辺鄙な島にある村の出身で自分のことを俺っち、と呼んでいた。
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