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「ある場所に行って、ある事をするだけでお金が貰えるんだって」
「ん? それがいい話?」
「うん」
「んで、ある事って?」
工藤が短いタバコをギリギリまで吸って地面に落とすと田辺がニヤッと笑った。
「──代理自殺だよ」
「は? 代理自殺?」
工藤の怪訝な顔を気にもとめずに田辺がポケットからゴソゴソとそれを取り出す。
「これ見てよ」
田辺が工藤に差し出したのは、くしゃくしゃになったチラシだった。そこにはこう記載されてあた。
『──ある人の代わりに代理でビルから飛び降りてください。お金ははずみます』
そして、その文言の最後に小さく誰かの個人携帯の番号が書いてある。
「田辺、こんなのどこで拾ったんだよ?」
田辺がすぐに首を振る。
「誰かから貰ったのか?」
「そう。工藤、里見さんって覚えてる?」
工藤は記憶の端を手繰り寄せる。
(……あ、あいつか……)
工藤は太った50代の釣り上がった目の男を思い出す。
「里見さんって、確かハゲた釣り目の?」
「そうそう、その人。俺っちの友達だった里見さん」
(そういえば里見……って、少し前までは見かけてたけどな……)
「なぁ、里見さんって、ここ数週間見てねぇよな?」
「うん」
里見は1ヶ月ほど前に此処にやってきた。ホームレスになってから、日が浅いせいもあるからかこの公園に住み着くホームレスの中では、身なりは良い方だった。
「でね、その里見さんにこの話紹介してもらったんだ。秘密厳守でさ」
(……胡散臭ぇな)
工藤は首を傾けながら田辺が大事そうに手に持っているチラシを見た。
「里見さんからチラシ貰ってそのいい話とやらを教えてもらったのは分かった。で? 話戻るけど、里見さんはどこでそのチラシ貰ったんだ?」
「あー……えっと台風の次の日って言ってたかな?食べ物探して彷徨ってたらさ、この紙が空から落ちてきたらしいよ。風強かったからさ。どっかから飛ばされてきたんじゃないかって」
「なに?落ちてきた?」
工藤の眉に皺が寄るのをみて田辺が顔の前で手のひらを振った。
「俺っちだってそんな事信じてないよ。多分、そういう事にしなきゃいけないんだよ。どう考えてもまともな仕事じゃないからさ」
「そんなまともじゃない仕事、田辺はやるんだ?」
田辺は深く頷いた。工藤はやれやれと言った感じでため息を漏らした。
「なぁ田辺。俺、里見さん苦手なんだよな」
実際、工藤は里見という人間よりも里見の目つきが苦手だった。数回しか話したことはないが、一重瞼で表情は乏しくそれでいてどこか人間を品定めするような、感情のない瞳を思い出すといまだに寒気がする。
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