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幽霊あそび
その当時、僕は小学6年生だった。軽い気持ちであの遊びに参加したが、その遊びはやらないほうがいいものだった・・・。
陸緒、つかこ、絵里、遥と僕は同じ小学校に通う友達だった。小学6年の夏休み、僕らは一つのゲームをする。この中の一人が幽霊となり、一日だけ幽霊がいる怖さを感じるゲームだ。
今思えば少しイジメに近いものだったけど、幼い僕たちはそんなこと気にしなかった。
それにたった一日だけだし、ただの遊びのつもりだった。
陸緒がじゃんけんで幽霊を決めようと言い出し、僕ら5人は笑いながらじゃんけんをする。
「ゆーれいだーれだ!!じゃんけんぽんっ!!」
少し内気な遥が負けた。
「私が幽霊なの?」と遥が不安そうな顔をする。
「大丈夫だって!一日だけだし!」
つかこが明るく遥に言い聞かせた。小さな声で「うん・・・」と頷く遥。
その瞬間から、彼女は幽霊となったのだ。
最初は面白かった。幽霊役の遥が背中に立つと、「怖い怖い」とみんなで叫んだ。
夕方になり、みんな家に帰る時間がやってくる。
遥以外はみんな別れの挨拶をした。ただ、遥にだけは挨拶をしなかった。だって彼女は幽霊だから。幽霊は怖いもの。誰だって、幽霊とは仲良くしたくない。小学生の僕らは、そんな単純なことしか考えなかった。
遥は悲しそうな顔をして僕らを見送る。
僕はそんな遥がかわいそうになり、みんなの目を盗んでこっそり別れの挨拶を告げた。
「タケルくん・・・。」
帰り際、僕だけに向かって遥は微笑んだ。本当に嬉しそうに・・・。
次の日、僕たちは青い顔をして公園に集まることとなる。
遥が・・・死んだ。
昨日の帰り道、横断歩道で信号無視してきた車にひかれたのだ。即死だったらしい。遥は本当に幽霊となってしまったのだ。
「俺たちのせいだ。俺たちが昨日、あんな遊びをしなきゃよかったんだ!!考えたの誰だよ。絵里だろっ!?」
「私のせいなの!?あれはただの遊びだった!遥は運悪く死んじゃっただけよ!」
パニックになった陸緒と絵里が声を荒げ、そばではつかこがただただ泣いていた。「遥に連れて行かれる」と小さく呟きながら。
陸緒はつかこに怒鳴った。そんなことは絶対ありえない!・・・そう言う陸緒の拳は、かすかに震えていた。
僕はといえば、突然訪れた友達の死が受け入れられず、呆然と立ち尽くすだけ。やがて僕は搾り出すような声でみんなに言った。
「今日はみんな、もう家に帰ろう?」
家にいれば、きっとみんな心が落ち着くはずだ。
僕たちは暑い日差しの中、家へと帰る。夏なのにお互いガタガタ体を震わせながら・・・。
そして次の日、今度は陸緒が死んだ。陸緒は近くの川で溺れたらしい。
「次は私かもしれない。」
つかこが真っ青な顔をして言葉を続ける。
「夢で遥を見たの。笑ってた。死ねばいいって言ってた。次はきっと、私の番だよっ!」
彼女は突然、公園から飛び出して行った。
「つかこーっ!!!」
僕と絵里は彼女を追って行く。しかし角を曲がったところで彼女の姿は消えていた。
「つかこ、きっと家に帰ったのよ。」
絵里が震える唇でそう言った。
「そうだね。きっとそうだ。」
答える僕も、青い顔をしていた。
もしかしたら次は、つかこじゃなくて僕の番かもしれない。そう思うと、ブルブル体が震えた。遥は結構、寂しがり屋だった。もしかして、一人で向こうの世界に行くのが寂しくて陸緒を・・・。
震え上がった僕の頭は、そんなことばかりを考えてしまう。陸緒はきっと、遥に連れて行かれたんだ。もしそうなら、僕もきっと遥に・・・。
ふらふらしながら自分の家に帰り着く。そのまま僕は部屋で閉じ籠り、布団に潜り込んで過ごしていた。
その日の夜遅く、突然絵里の両親から電話がかかってくる。絵里が電車にはねられて死んだという・・・。
現場近くにいた人の話では、絵里は自分から踏み切りの遮断機を越えて電車にひかれたらしい。
「来ないでよ!」と、鋭く叫びながら踏み切りに入って行ったと・・・。
絵里はきっと、遥を見たんだ。遥に追いかけられたんだ・・・。恐怖が静かに、僕へと寄り添う。
翌日。いつも通りの暑い夏の日、ただ一人僕は公園のベンチに座っていた。
陸緒と絵里は、もういない。今日はつかこも来ない。
(次はきっと、僕の番・・・。)
全てはあの遊びから始まった。
下を向き、手を固く握る。体の震えがどうやっても止まらない。いつ訪れるのか分からない死が、着実に僕へと向かっている。
ふと、影が落ちた。顔を上げればそこにつかこが立っていた。
「つかこ!無事だったんだねっ!昨日、絵里が・・・」
半泣きで僕はつかこに訴える。つかこは最初、不安そうな顔をしていたけど、急に笑った。
(絵里が死んだっていうのに、何でつかこは笑うの?)
彼女の浮かべる薄ら笑いにゾッとする。足元から始まったゾワゾワが、全身に広まっていった。
「タケル、次はあなたの番って分からない?」
つかこの隠された手から、きらりと光るものが覗いている。それは包丁だった。
「つかこ、どういうことなの?」
「私、気に食わなかった。遥は幽霊役のくせに、タケルと別れの挨拶をした。それを陸緒と絵里に言ったら、二人は遥とタケルがお似合いだって言ったのよ。私とタケルじゃつりあわないとまで・・・。そんなの許せなかった。私はずっとずっとタケルのことが好きだったの。二人はそんな私の恋心を踏みにじったし、遥は私からタケルを奪おうとした。だから・・・みんな許せなかったの!」
ジリジリと、つかこが迫ってくる。足が震えて動かない。
「じゃあ、つかこが遥や陸緒や絵里を・・・」
「うん、そうだよ。本当はね、遥は信号無視してきた車を避けられたんだよ。でも私が、すこーしだけ背中を押してあげたの。陸緒も同じだよ。橋から背中を押してあげた。陸緒って、泳げないでしょ?必死にもがいてた。絵里なんて私が遥のマネをしただけで、自分から電車へ飛び込んで行ったのよ。」
綺麗につかこが笑う。
足の力が抜け、立っていられなくなった。
幽霊なんて最初からいなかった。みんなを連れて行ったのは遥じゃない。
「ふふ。タケルはホントのことを知っちゃったね。ねぇ、どうせだから綺麗に終わらそうよ。タケルも遥の幽霊に連れて行かれるの。私も一緒に行くからさ。二人で素敵な世界に行こうよ!」
包丁を持ったつかこの手が振り下ろされる。
僕の視界がすぐ真っ暗になり、次目を開けた時視界へ飛び込んだ光景は、病院の病室だった。
公園に来た人が血まみれの僕に気付いて、すぐ救急車を呼んでくれたらしい。
退院してからその人に会って話を聞いたけど、とても不思議なことを言っていた。
散歩途中、少し顔色が悪い女の子や男の子が助けを求めてきたらしい。「公園に!」と言われ、行ってみると血まみれの僕が倒れていた。慌てて救急車を呼んだあと、助けを求めてきた少年少女たちを探したけどどこにも見当たらなかった・・・と。
つかこのことも尋ねたけど、僕以外、あの公園に人はいなかったらしい。
退院して数日後、僕は遥と陸緒、絵里のお墓へ行った。きっと助けを求めたのは彼らだったと確信があったからだ。
彼らの好きなお菓子と真っ白な花を供え、僕は静かに手を合わせる。「みんなのおかげで僕は助かったよ、ありがとう」とお礼を言った。
それから、つかこの家にも行った。そこで知った事実は、あまりにも大きかった。
つかこにそっくりな母親は、僕を暖かく迎えてくれた。彼女は僕を和室の仏壇へと案内する。
「これがうちのつかこです」と見せられた遺影の彼女は、あの時僕を殺そうとしたつかことは違った表情を浮かべていた。柔らかく、優しい笑顔を浮かべるつかこ。
「あの、つかこは・・・」
飛び込んできた現実に頭が追いついていかなかった。戸惑う僕に、母親はつかこについて話してくれる。
彼女は3年前、交通事故で死んでいた。
当時彼女には好きな男の子がいて、今日こそその子と友達になるんだと言って出かけたらしい。
そして夕方、彼女は遥が死んだ交差点で・・・。
僕は静かにつかこの仏壇で手を合わせた。
つかこがいつから友達として僕たちと一緒にいたのかが、どうしても思い出せない。
気付けば彼女は、いつも僕の隣に立っていた。つかこは僕のことを好きだった。僕はそれに気づかなかった。
「ごめんね、つかこ。気づかないでごめんね。」
小さな声で手を合わせる僕の肩に、そっと冷たい手が乗った。つかこの母親の手はとても冷たいんだなと感じながら、僕は目を閉じたまま話かける。
「おばさん。つかこ、天国で笑っているといいですね。」
すぐ背中から母親とは違う別の声がする。嬉しそうな声の主に、僕の呼吸が止まった。
「タケルくん、わざわざ私に会いにきてくれたの?」
彼女の弾むような声。あぁ・・・次はきっと僕の番。
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