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今、なにを言って……。
「13にしちゃうアイディアもあったんだけど。やめた。面白いのはやっぱり12を全部盗んじゃうってこと」
なにを聞かされて……。
「ここからが本番。スミスの鍛冶屋じゃ小さい事件。12の旋律から自由になるためにはやっぱりーー」
「ま、待って! 一体何を!」
店中の視線が一斉にこっちを見た。あの指揮者ではない僕は黙って俯くことしかできなかった。やがて店に音楽が戻る。綺麗な和音で構成された正しい音楽。
「不協和音。声を荒らげてはダメ。盗みはいつも華麗に静かにいかなくちゃ。星が綺麗な夜みたいにね」
ソプラノの声は美しかった。小鳥がさえずるように。でも、その内容はとても恐ろしい。
「……なんでそんなことを僕に?」
「それは君がソロだったから。私の名前はソルダ・カンタービレ。君は?」
ソルダは頬杖をついて、なかなか名乗らない僕にウインクした。
「アド。アド・ヴァルム」
「アド・ヴァルム。素敵な名前だね」
間もなく食事が運ばれてきて、僕らは何も言わずに平らげた。サンドウィッチもコーヒーも、味を感じている余裕はなかったけれど、誰かと二人で食事をするなんて記憶にないくらい久しぶりのことだった。
コーヒーを飲み干してからソルダはやっと口を開いた。
「今日の2回目の『ファ』が鳴る頃、またここで待ってる。それじゃあ」
その所作は素晴らしかった。音を立てずに椅子から立ち上がると、華麗な足取りでいくつかの席を抜け店を出ていった。
僕は納得した。ソルダは確かに泥棒だ。自然と僕にカフェの支払いを押し付けたのだから。
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