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午後の授業を終えて画面を閉じると、さっそく舌が火傷するくらいの熱いコーヒーを淹れた。
ぼんやりと何も貼っていない白壁を眺めながらソルダとの会話を反芻する。
ソルダは言った。12の楽器を盗んだこと、そしてさらに大きな何かを盗もうとしていること、そして2回目の「ファ」の音が鳴るときに待ってると。
でも、2回目の「ファ」の音なんてない。朝の「ド」から初めて夜の「レ#」までがこの街で鳴らされる鐘。それ以降は外に出てはいけないという決まりになっている。2回目の「ファ」の音とはつまり、一日の終わりを告げる鐘の音が鳴った3時間後。真夜中だ。
コーヒーカップを持つ手が震えていた。行くべきか行かないべきか。答えは決まっている。「NO」だ。調和を乱すなどということはこの街では重罪。捕まれば終わり。そうでなくても、もうここにはいられない。
揺れるカップを両手で持って立ち上がる。何もない白壁にベッドと机、キッチン。棚には教科書やノートに勉強道具と、敷き詰めた多くの楽譜。ジュニアスクールのときから変わらないアパートの1室には、一人で生きていくには十分なモノが与えられている。
「それは君がソロだったから」
ソルダはそうも言った。12が絶対のこの街のなかで、僕はハーモニーを知らない。12人の中に組み込まれた音階の中で僕だけが音が鳴らない。
「自由」
12の楽器が盗まれたとき、僕は心の中ではワクワクしていた。何かが起こるかもしれないと思い、いや、願っていたのかもしれない。
熱いコーヒーを一気に飲み干した。聴いたこともない旋律の新しい楽譜に出会った気分だった。
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