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落ちてきたのは死者
それは何気ない日曜日の昼下がり。駅へと向かう住宅街のど真ん中。ふと異変に気づいた僕は視線を上に向ける。
空から何かが落ちてくる!
すごい勢いで落ちてきたかと思うと、地面に衝突する間際、柔らかいオーラがそれを包み込み、ふんわりと地上に着地させた。
駆け寄ると、そこには彼女がいた。
半年前に病に倒れ、若くしてこの世を去った僕の恋人。人生で初めてできた彼女であり、最後の彼女。あの日、運命はふたりの仲を引き裂いた。泣き腫らした日々はまだそう遠くない。死別からまだ立ち直れていない僕は、突然の彼女との再会に胸を震わせた。
彼女はゆっくり起き上がると、僕を見て言った。
「タケル?」
「ミサキ?! ミサキだよね……?」
「うん」
まるで寝起きのようにポカンとする彼女。もちろん僕だって同じだ。何が起きたか理解などできるわけがない。
幸いにも周囲に人の気配はなかった。空から人が落っこちてきたなんて知られたら、きっと大騒ぎになっていたことだろう。
あの日と変わらぬ彼女を前にして、僕の身体はひとりでに動き出す。気づけば彼女に飛びつき、力いっぱい抱きしめていた。彼女の存在が幽霊でも幻想でもよかった。こうして再び彼女に触れられている事実は、奇跡に違いないんだから。
「めっちゃ美味しい! 久しぶり過ぎて、むしろ懐かしいんだけどッ!」
目の前に積まれたパンケーキ。それを喜々として頬張るミサキ。彼女がこの世を去る前と、何ひとつ変わらない時間が流れる。
「ほんとに生き返ったのかなぁ?」
「わたしにもわからないよ」
「僕の願いが叶ったとか」
「かもしれないね!」
アイスコーヒーを飲み干して彼女が笑う。
なぜ空から落っこちてきたのか、なぜ命を吹き返したのか、彼女自身、何ひとつ思い当たるふしがないそうだ。病に倒れてから今日までの記憶すらないという。
あれから僕とミサキは、彼女の両親や知人たちに、事態を説明して回った。誰もが理解に苦しんだのは当然のこと。隣家のおばあちゃんなど、驚きのあまり卒倒してしまったほどだ。ただ、ミサキがこの世に還ってきたことへの喜びは、みんな一様だった。
「ねぇ、タケル。このニュース見て」
さっき契約したばかりのミサキのスマートフォン。画面に映し出されたニュースは僕らを震撼させた。
「死んだはずの男性が空から落ちてきた?!」
「――って書いてあるね」
「ミサキと同じだ……」
彼女だけなら僕が起こした奇跡――としてなんとか受け止められただろう。でも、同様のケースが発生するとなれば話は別だ。
パンケーキを食べ終えた僕らは、妙な胸騒ぎを覚えながらスイーツショップを後にした。
それからというもの、日本だけでなく世界のあちこちで同じ現象が報告された。
空から死者が落ちてくる。
発生件数は日に日に増していき、今じゃ都会の空に星を見つけるよりも簡単に、空から落っこちる人影を見られるようになった。
そんなある日、テレビ番組で特集が組まれることになった。空から落ちてきたひとりの男性が生放送に出演。どうやら彼は一切の記憶を失っておらず、番組で事の顛末を語るという。
世界中が固唾を呑んで彼の言葉を待った。
「まもなくこの世は大変な事態に陥る。もはや手遅れだ。逃げることも隠れることもできない」
男は言い放った。
「どういうことでしょう……?」
「長い地球の歴史の中で死んでいった全ての人間が、あの世から落ちてくることになる」
「どうしてそんなことが?!」
「あの世とこの世を隔てる壁が崩壊してしまうからだ!」
大げさなジェスチャーとともに、男は声を張り上げた。
「寿命を迎えて死んでいく者には、あの世へと通じる専用の道が用意されている。しかし、自ら命を断つ者にはそれが用意されていない。なぜならそれは、自然な死ではないからだ。自害を選んだ死者たちは、隔たりの壁を突き破ってあの世へ行くことになる」
「なるほど……」
「自殺者があまりにも多くなった昨今、その壁には無数の穴ができ、耐性を失った壁はまもなく決壊してしまう」
「まもなくとは、どのくらいで――」
インタビュアーの言葉を遮るようにして、男は言った。
「窓の外を見てみればわかる」
男の宣告に絶望した僕は、テレビから目を逸らし、窓から覗く空を見た。すると、もはや手遅れと言わんばかり、空は人影で覆い尽くされていた。
無数の人間が空を舞って落ちていく。まるで重苦しい雨のように。これまでの歴史の中で死んでいった者たち。その全てが空から落ちてくる。
「終わりだ……」
地球は一瞬にしてパンクしてしまうだろう。不測の事態どころの騒ぎじゃない。惜しまれながら死んでいった者たちが生き返ることは、本来であれば喜ばしいことだ。それが皮肉にも、世界を破滅に追いやるなんて。
絶望感に襲われながらも、僕は思わず笑ってしまった。気が狂ったからじゃない。空から降る死者の中に、偉大な歴史上の人物が散見されたからだ。
織田信長に千利休、卑弥呼の姿も。
「歴史の人物画って、よく描けてたんだなぁ」
人影に覆い尽くされる世界を傍観しながら、偉人探しゲームに耽る僕がいた。
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