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【 兄と妹 】
お兄ちゃんは本当にやさしい。
歳が5つ離れていることもあり、喧嘩もしないし、私のことをとても大事にしてくれる。
まだ、恋人としては見てもらえないけど、いつかは兄と妹の壁を乗り越えたい。
その日の夜、夕食後のお皿を一緒に洗っている時に、5月にあったあの屋上から飛び降りた時のことを聞いてみた。
「お兄ちゃん、あの後、明日香さんはどうしたの?」
「家に帰ってもらった。お前が飛び降りちゃったんで、俺も明日香さんも飛び降りるしかなかったからな。あの建物が3階建てで、しかも2階のテラスがフカフカの柔らかい芝生じゃなきゃ、お前本当に死んでたぞ」
「ごめんね、あんなことしちゃって……」
「もう、二度とするなよ。あんなこと」
「うん……」
明日香さんは、まだお兄ちゃんのこと諦めていない様子だった。
あの時、はっきりと彼女は言った。
「龍之介くんのためなら、何でもできる。死んだっていい!」
彼女も私と同じように死ぬほどお兄ちゃんのことを好きでいる。
「もう、高い所から落ちるのはごめんだ」
カチャリと最後のお皿を食器台に乗せ終わると、お兄ちゃんの大きな背中に後ろから抱き着いた。
「ごめんね、お兄ちゃん……。私、私……」
「もういいよ。何も言わなくても」
しばらく小さな声を上げて泣いた。
お兄ちゃんのTシャツが、ビショビショに濡れちゃうほど、涙が沁み込んだ。
「ううぅ……」
夏の虫の音と、リビングで回る扇風機の音が静かに聞こえてくる。
外からは、少し涼しくなった夜風が部屋へと入り込み、そよそよと白いレースのカーテンをやさしく揺らしていた。
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