序章

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序章

 とろけるような月灯り。(しば)くんと手をつないで歩く。なだらかに続く坂道を、夏の夜風が吹き抜けた。  ああ 風 気持ちいいなぁ。 「サト」  うつむいて歩く私を、柴くんは覗き込んだ。温かい吐息が鼻にかかり、ひんやりと柔らかなものが唇に触れた。私はそれを、首を逆に振り避けた。 「かわいいな。サトは」  私の頭をポンと叩き、柴くんは笑った。 「叩くな」  可愛いのは、柴くんのほうだ。切れ長で整った奥二重と、少し丸めの輪郭。顔が小さくて、すらりとした八頭身。昔からずっとモテてた。見た目草食系で、中身は肉食系。その自覚あり。現在もたぶん、デートする女の子は多数。  そんなことを考えている間に、今度は柴くんの右手が私の顎の下に触れた。抵抗できないままに顔が上を向く。私の短い髪の内側に滑り込んだ柴くんの左手が、私の顔を引き寄せる。そして再び柔らかな唇が、私の呼吸を止めた。  人通りの少ない住宅街の道端で、私たちは長い時間キスをする。うっかりすると、ここがどこか忘れてしまいそう。  誰かの視線を感じ、ふと顔を上げると、彼の肩越しに月が見えた。ぽっかりと夜空に浮かんだ緑がかった大きな丸い月。その光が、珍しそうにぼんやりと、私たちをいつまでも照らしていた。
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