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ラブホ
*
ラブホテルは苦手だ。
知矢だって健康な高校生の男子だから、兄と一緒に来るまでは『どんなところだろう?』と興味津々だった。
しかし実際来てみたらテレビとかで見るのと何ら変わらなかったし、何より兄の『慣れ』具合が嫌だった。
チェックインからアウトまでのスムースな動き。部屋内で売られているゴムやおもちゃを見ても、知矢は真っ赤になっていると言うのに典夫は見慣れているといった感じで。
兄が過去女性たちとラブホを利用していたことがありありと分かって。
知矢が無駄に広いベッドに典夫と並んで座り、少し憂鬱な気持ちになっていると、ずっと黙りこくっていた兄が不意に口を開いた。
「知矢、おまえ、髪切れ」
「えっ?」
ここに来て急に髪のことに触れられた知矢は驚いて兄の方を見る。
典夫はなんだか怒ったような表情をしていた。
その顔を見て、知矢は、やっぱり典夫は自分が髪を伸ばすことを良しとしていなかったんだと思い知った。
太ももの上で揃えた手をギュっと握りしめ、震える声を絞り出した。
「似合っていないなら、言ってくれればよかったのに……」
「え?」
典夫の表情が何故か素っ頓狂なものに変わる。
「だったら、伸ばすのやめたのに、髪」
「ち、ちょっと待て。知矢。俺、おまえの今の髪型が似合ってないなんか少しも思ってないぞ」
「でも似合ってるとも言ってくれなかった……」
「それは……」
兄はあさって方を向き、らしくもない弱弱しい声で言った。
「……複雑だったんだよ」
「……複雑?」
「ショートでも少し長めでも、知矢は可愛すぎるから」
「え……?」
「どこまで伸ばすか、伸ばしてみたところを見てみたい気もしてた」
典夫の声がラブホテルの天井に吸い込まれて消える。
「お兄ちゃん……」
思っても見なかった兄の言葉に知矢は驚いた。
典夫は尚も続ける。
「知矢は女の子よりかわいいし綺麗だから、髪を伸ばしても似合うのは分かり切っていたけど、今回みたいなことが頻繁に起こりそうな気もしてたし。だからやっぱり切って欲しい。……大体何で急に髪を伸ばそうなんて思ったんだ?」
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