筋肉泥棒

7/8
前へ
/8ページ
次へ
「実は僕、10月に海外へ行くんです」 「えええええっ?」 「自分の力を試してみたいんです」 「先生がいなくなってしまう前に、同じ資格を持つパーソナルトレーナーさんを紹介していただけますか?」 「それが、この街には資格を持っているトレーナーは僕しかいないんです」 「えええええっ?」 俺は焦った。 せっかく少しずつ筋肉がついてきたばかりだというのに。 まだ自分だけの力で筋トレを続けていける知識も経験も不足している。 まいったな! 俺はどうしても、グリコ先生と同じ美しい筋肉が欲しい。 『筋肉泥棒』になろうと、初めに心に誓ったんだ。 その話を聞いたのは8月の後半だった。 さあ、どうする? こうなったら、グリコ先生がいなくなる前に、強引に『筋肉泥棒』するしかない。 俺は、そう思った。 先生がいつまでもと思っていた時は、たらたらと気楽に楽しく続けていれば、そのうち筋肉がつくだろうと、のん気に取り組んできたのだが… 状況は一変したのだ。 俺はトレーニングの度に、先生の言葉をメモし、動作を動画に撮り、僅かでも不明な点は質問して書き留めたり、動作を反復することで筋肉に覚えさせようと真剣になった。 行ける時に行けばよい、などという余裕はなくなり、次第に毎日、トレーニングに通うようになった。 先生は、ありったけの知識を俺に伝えていこうと必死に工夫してくれたし、俺もまた精一杯、努力してきた。 そんな日々の中で、俺は目覚めた。 先生と同じ知識を学ぶことが大切だ。 知識だけ身につけても筋肉は育てられない。 だが知識がなければトレーニングができない。 トレーニングを続けてグリコ先生と同じ美しい筋肉を身に着けるための近道は、グリコ先生が保有しているスポーツトレーナーの資格を俺も取得することだ。 すなわち『筋肉泥棒』するためには、先生のしてきたを泥棒しなければ目的は達成できないのだ。 本気で泥棒するには、綿密な計画と日々の努力、厳格な修行が必要なのだ。 プラス、グリコ先生のクライアントに対する優しい気遣い&明るい笑顔も、筋肉より先に泥棒したいだ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加