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まず、気に入らないのはじろじろと部屋の家具などを見る目だった。
すぐに陸翔に確認を取りたいけれど、あいにくスケジュール的に飛行機で移動中だ。
とりあえずは取り調べをしておこう。
「さて、お名前をお聞きしてもいいですか?」
私が聞くと女性は私を睨みながらその名前を告げた。
「塩原礼央奈と申します」
「それで、その子は私の夫の子だと言うのですね?」
「ええ。陸翔様の子です。どうです? とってもかわいらしいでしょう?」
赤ちゃんを見ると可愛いけど、陸翔の子がどうかはわからない。
塩原礼央奈はスレンダーで特に美人でもないが不細工でもない。
手荷物はキャリーケースと赤ちゃんの物が入っているトートバック。
まるで家出だ。
「抱っこしたままでは話しにくいでしょう。少しの間お子さんは隣の部屋のベッドに寝かせますか?」
「そんなことを言って連れ去られては困ります」
「では、この部屋の目の届くところで見てもらいましょう」
私は雅代さんに赤ちゃんを見てもらうことにした。
簡単に事情を聞いてきた雅代さんは困惑した顔で赤ちゃんを預かってくれた。
「それで、塩原さんはどこで夫と?」
ガタンッ
その質問に一番驚いたのはテーブルの端にぶつかった雅代さんだった。慌てて赤ちゃんを抱きなおしている。
「雅代さん? どうかした」
「い、いえ……その、その方は塩原のお嬢様なのですか?」
「ええ。そうおっしゃったわよ。そうですよね?」
「はい。塩原礼央奈です。塩原を知っておられるんですか?」
「もしも北海道で大きな工場を任されておられる塩原工場の社長様なら西園会長の遠縁です」
「ええ、そう! そうなんです! 私は塩原の社長の娘です」
礼央奈は得意げな顔をしていて、雅代さんは真っ青で声が震えていた。
雅代さんに任せた赤ちゃんはどう見ても零歳だろう。
そうなると浮気は私と結婚した後、ということになる。
うーん……。
陸翔との日々を回想……。
ダメだ、私のおっぱいを楽しむ陸翔しか思い出せん……。
やっぱり。
ないわ。
「それで、夫の留守中にどんなご用件ですか?」
「だから、この子は陸翔様の子なのよ!」
「はあ……それで?」
「そ、それで?」
「ええ。なにをしにここへ参られたのですか?」
私が問うと、礼央奈がぽかんとした顔をした。
そうしていっそう悔しそうに顔を歪めた。
「もちろん陸翔様とあなたは離婚してもらって、私が結婚するわ。それができないというなら養育費をいただきたいの」
「……養育費」
なるほど、恐喝か。 ところで私からの慰謝料は考えていないのか?
「まず、夫と本当に関係があったのか証明していただけなければなりません」
「なっ、子供がいて、一目瞭然でしょ!」
「DNAの検査結果くらいはお持ちにならないと」
「ぐ、ぐうっ」
しかし、どうしてこんなに強気なのか。
不倫なんてバレたら大変なことになるのに。
「どうしてそんなに平然としていられるのよ! 夫が浮気して他所で子供まで作ったのよ? 今すぐ怒り狂ってここを出ていきなさいよ」
「……どうして私が出ていかなければならないのですか。バカらしい」
礼央奈は私が取り乱すのを見たかったようだ。
けれどもしこれが真実で陸翔が浮気をしていたとしても、私は泣きわめいたりはしないだろう。
まあ、思っていたより不快な気分だけど。
「じゃあ、これはどうかしら! 私はあなたの異母姉なのよ! 私はあなたのお父様の子なのだから!」
また、今度はなにを言い出すんだ、と思っていたら、この言葉にひどく反応したのは雅代さんだった。よろめいてガシャン、とテーブルにぶつかっている。
「異母姉?」
「そうよ! 歳は同じでも、私のほうが早く生まれているもの、異母姉で間違いないわ。私はね、あなたの父親が私の母親と不倫してできた子なんだから!」
そういう礼央奈の言葉に私ははっと鏡に映った自分を見た。
そうだ。この人、誰かに似ていると思ったけど、私に似ているのだ。
私が激やせしたら、きっとこんなふうになるに違いない。
痩せてもこうなるだけなら、痩せなくていいや!
「本来なら、私だって西園なのよ! 陸翔様と結婚だってできたはずなのに!」
キーキー喚きだした礼央奈が立ち上がって私のほうに手を伸ばした。
なにをするつもりだととっさに避けると礼央奈はよろけて尻もちをついた。。
ドタンッ
「痛いぃ! あなたのせいで骨が折れたかもしれないわ!」
泣き叫びだした礼央奈。
なにこれ、当たり屋じゃん。
ここまでやるか、と呆然としているとさらに礼央奈がわあわあ言い出した。
「痛い、痛いわ! 治療してよ! こんなことして、ただじゃおかないわ! 絶対に許さないんだから!」
そこで赤ちゃんも母親の声につられたのが泣き出してしまった。
お、恐ろしい……。
追い出して病院に放り込もうかと思ったが、陸翔に確認を取るのが先かと食事を用意して機嫌をとった。
しかし、異母姉?
父が不倫だって?
赤ちゃんをあやしている雅代さんが気になる。
彼女が塩原だと知って、激しく動揺していた。
ヤバ……。
父の不倫のほうは本当かもしれない。
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