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「……へえ。陸翔の子、というのですね」  メッセージをいれると、すぐにきてくれた義母は聞いたことのないような低い声でそう言った。心強い。 「ええ、そうです」  ひ、ひえーっ。  もうやめておけばいいのに、礼央奈は義母がきてもなお、子供は陸翔の子だと言いはった。 「本当だったら陸翔は西園家に不義理をしたということですね。そして……もしもあなたの言うことが嘘だったら……どうなるかわかってて言っているのですよね?」  義母に念を押されて、震えながらも礼央奈は強気だった。 「な、なによ。もしも私が嘘をついていたとしても、本当のお父様が守ってくださるもの。それより、私はケガをさせられたのよ! 当面の面倒は見てもらいますからね!」  当然のように礼央奈が言った。  と、いうことは父とは面識があるのだろうか。  あの父が守ってくれる?  にわか信じられないが愛人との子なら愛おしいのだろうか。 「本当の父親というのは誰のことですか?」 「私の父と不倫相手の子だそうです」 「ちょ、ちょっと、待ってください、西園会長の娘だというのですか?」 「本人はそうだと言ってます。私も、自分に似てなければ疑うのですが」  そう言うと義母は私と礼央奈を見比べて、困惑していた。  一方礼央奈は得意げな顔をしていた。  そうして鞄をあさるとなにかを私たちに差し出した。 「まだ疑う気? 仕方ないわね。ほら、わたしのママと実父の写真よ!」 「ええ……」  見せられた写真はすこし年季の入ったもので、確かに父と知らない女性が写っていた。 隠し撮りのようだが父が女性のお腹に手を当てていた。  これはちょっとややこしくなってきたぞ。 「祥子さん、あの、どちらにせよ、陸翔は……」 「大丈夫です。お義母様。こんな無責任なことをする人ではありませんから」  それに彼は巨乳好きです。それだけは断言できます。 「お尻が痛いわ、休ませてちょうだい!」 「……ちょっと待ってください」  私は時計を見て時差を簡単に計算して、陸翔の予定表を確認する。  そうしているとピコン、と音がして陸翔から通知がきていた。  ――速報! 陸翔の愛人を名乗る女性が子供を連れて襲来!  とメッセージしたのだけれど。  ――ショウちゃん、俺、絶対に浮気はしていないからね。電話していい?  と返してきていたので『いいね!』のスタンプを送った。 『ショウちゃん、どうなってる?』  電話の向こうの陸翔は思い当たる節などないと言っていた。  私は礼央奈から離れて陸翔と会話した。 「別に、陸翔の浮気は疑っていません。でも、なんか私の異母姉だって言い出してます」 『そうなんだ……今回の出張は会長に同行してるから、俺から話しを入れるけど、証拠はある?』 「父がその子の母親の大きなお腹に手を当てている写真を持ってきてます」 『うーん……まあ、今日のところは帰ってもらっていいんじゃないかな』 「養育費とか、ここで面倒見ろとか言っているのでうちに居座りそうです」 『ちょっとまって、会長がきたから聞いてみるよ。名前はなんて?』 「塩原礼央奈さんです。北海道の塩原工場の社長の娘だと言っていました」  それから、しばらく待っていると父と話したらしい陸翔が電話口に戻ってきた。 『ショウちゃん、会長が塩原に連絡を入れてくれるらしいから、ひとまずその子はホテルでも取って追い出せばいいよ。経費は会長が出すって言ってるから。手配は秘書の山里さんがしてショウちゃんに連絡してくれる』 「て、ことはやっぱり私の異母姉で間違いないんですか?」 『詳しいことは戻ってから話すって。こちらの商談を急いで終わらせるから、それまで待ってて』 「わかりました」  あーあ。  父、真っ黒じゃん。  さすがに五人も子供産んだ母がかわいそうに思える。  応接間に戻ると私は礼央奈にホテルを手配したと言って家から追い出した。  まだ、礼央奈はギャーギャー言っていた。しかし山里さんが手配したホテルが一流ホテルだったために、雅代さんから赤ちゃんをひったくるように受け取るとすぐにタクシーで向かった。 「困ったわね。陸翔の出張中にこんなことになるなんて。会長もご一緒なんでしょう?」 「むしろ出張中を狙っていたのかもしれませんね」  小さくなるタクシーを見て義母とため息。  多分、お金目的に違いない。食事もがっついていたし、泊まるところもなさそうだ。  けれど、本当に異母姉なら邪険にはできないだろう。 「気になっていたんだけど、雅代さん……何か知ってるの?」  二人で家に戻ると応接室を片づける雅代さんに声をかけた。彼女の肩がびくりと揺れる。 「祥子様……」  雅代さんがこんな顔をする時は、私を守ろうとしてくれている時だ。 「大丈夫、これ以上傷つかないし、お義母様は味方だから」  ちょっとすまして言ってみて、様子をうかがうと義母が私を勇気づけるように見ていてくれた。  自分から言っておいて、その表情で胸が温かくなった。  それを見ていた雅代さんがやっと決心したように話し出した。 「あれは……祥子様がまだ夢子奥様のお腹におられる時でした。西園会長がお忍びで女性と頻繁にお会いしていたと目撃が多数あり、そのことで夢子様は大変な不安を抱かれたのです」 「父は本当に不倫していたの?」 「そこまでは存じませんが、その、私も逢引きは目撃したことがあるのです。後渦中の女性が赤子を連れて慌てて北海道の塩原家に嫁いだのは、当時西園の屋敷では有名な話でした」 「そんなことがあったのね……」  義母も痛ましいような顔をして聞いていた。 「それってもしかして、付き合っていた女性に子供ができたから、急いで他の人と結婚させたってこと?」 「あくまで憶測です。けれど多額の援助金と引き換えに塩原が赤子付きの女性と結婚したと噂で聞きました。しかも赤子のお顔が……」  私の顔は父とそっくりだからな。  女性が生んだ子供が父に似ていたなら、そりゃあ、噂になる。 「当時の夢子様の精神状態はとても危うくて……必要以上は祥子様にかかわることを避けておられました」  言いにくそうに雅代さんが最後に付け足した。  ああ、それで。  私に無関心なのは母の性格だけではなかったのか。  なるほど。私の顔を見ると嫌な思い出がよみがえるのだろう。  すると、きっと父も同じだな。  はあ。  そんなことに私は巻き込まれていたんだ。  そして、今も。 「父の話は帰ってからでいいわ。でも、陸翔の不名誉はきっちり返上しておかないと」  いつまでもおとなしい私だと思うなよ。  こんなことになって、腹を立てているんだからな!  私の夫へ汚名を着せたこと、後悔させてあげるから!
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