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 礼央奈をホテルに追いやり、ホッとしてリクに癒してもらったというのに、次の日朝食が済むと礼央奈はタクシーでまたやってきた。 「父の秘書がホテルを手配したはずですけど?」 「私の服と怜雄の肌着とおむつが欲しいの」 「はあ……どういうつもりですか? 私はあなた、そしてあなたの子供も認めたわけではありません。そこまでする義理はありません」 「お父様も私に思い当たることがあるから認めて一流ホテルを用意したのでしょ?」  一時的に保護するためにホテルを手配したというのに、なにが不満なのだ。  西園関連の工場の社長の娘ということで、会長秘書の山里さんが塩原社長に娘の保護を頼まれたと言っていた。  どうやら事情があって礼央奈は親を頼れないようだ。  はあ。  無視してやりたいけど、赤ちゃんには罪はない。 礼央奈の服は知らないけど、肌着とおむつは用意してあげることにした。  経費は全部請求してやるけどね!  仕事を早く片付けて陸翔が父と帰ってくると言うので余計なことはせず待機することになった。どのみち礼央奈をとっちめて赤ちゃんが路頭に迷ってはいけない。  その間、礼央奈の両親である塩原の方も北海道からこちらに向かうとのこと。  ぜひとも娘を回収して帰っていただきたい。  礼央奈はやれ子供のベッドを用意しろだの、肌着がたりないだの、食事だなんだと言ってきた。もう一歩も家には入れたくなかったけれど、おむつを替えさせてくれと押し入り、ミルクを飲ませると居ついてしまった。  赤ちゃんが陸翔の子であると礼央奈が言い張っているだけなので、追い出してもいいのだが頼まれたこともあり、この寒空に子供連れを放り出せない……。  とりあえず、おかしな言動の録音だけはしておいた。 「で、陸翔とはどこで知り合ったんですか?」 「え、ええと……マッチングアプリ?」 「嘘ですね」 んなわけあるか。不似合いすぎて笑えるわ。 「あなたはどうなのよ」 「私は政略結婚ですから」 「なーんだ。無理やりじゃない」  その通りなのだけど、礼央奈の口から聞くと腹が立つ。  だいたい陸翔がマッチングアプリなんてやるわけないだろう。黙ってても女が寄ってくるというのに。 「政略結婚だなんて愛情がない結婚なんでしょ? じゃあ、いいじゃない。子供もいないんだし、私が代わってあげるわよ。私も西園の娘ですもの」 「どこの誰かもわからない子供を陸翔の子として、ですか? 冗談じゃありません。陸翔はそんな不誠実でもないし……」 ――ショウちゃん、愛してるよ。 「不誠実でもないし?」 「……とにかく、私と離婚などしません」 「そうかしら? あなたみたいに太っている妻なんて恥ずかしいじゃない」 「そんなこと陸翔は思いません」 そう、思わない。陸翔は私に『愛してる』と言ってくれるから。 私の態度に礼央奈が不服そうにしている。 ああ、なんてことだ。 私、陸翔の『愛してる』に守られている。 毎日、呪文のように言われて、それが私の中でこんなに定着しているなんて思っていなかった。こんなことで心が守られるなんて、想像していなかった。 うっかり会いたいなんて思ってしまいそう。  ああああん  ああああん  泣き出した赤ちゃんを礼央奈があやす。  むかつくし、頭がおかしい人だけど、そんなところはちゃんと母親のようだった。  私が生まれた時、父が浮気していたのなら……。  母はどう思ったのだろうか。 「赤ちゃん、可愛いですか?」  なんとなく、礼央奈に聞いてみる。 「可愛いに決まってるでしょ。母親は命をかけて産んでいるんだから」  こういうところだけは、礼央奈のことをすごいと思ってしまう。  両親の愛情も、会ったこともない血だけつながった父親の愛情も、彼女は当たり前に受け取ることができると信じている。  私にはできないことだ。  それは羨ましくもあり、しかし同時に滑稽なことだと思ってしまう。  陸翔の子供ができたら。  私は可愛がってあげられるのかな。  そんなことも考えながら、父と陸翔の帰りを待った。
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