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 えー、現場から祥子がご報告いたします。  先ほど北海道から塩原ご夫婦が到着なさいました。  よほど急いでいたらしく、若干足元がふらふらしておられましたが、  すぐさま母の前で土下座を始めました。 「む、娘が、とんでもないことを! お許しくださいいいっ」 「この通りです!」 「ほら、あなたも頭を下げなさい!」 「ママ、どうしてよ! 私は西園会長の子なのよ! この人の代わりに陸翔様と結婚できたはずでしょう?」 「な、なに言ってるの?」 「私、ママがパパと話しているのを聞いて知ってるんだから。世が世なら私は西園財閥のお嬢様だったって!」 「ええと……」 「どういうことなの? 塩原夫人。大人しくしているなら、と黙っていたのに。これはどう落とし前をつけるつもりかしら」 「あ、あの……」 「夫とどのようなご関係かは知りませんが、そこの恥知らずなお嬢さんが夫の子だと言い張るなら、私も受けて立ちますよ」  床に額をこすりつける二人に対してふてくされてその隣に正座させられた娘がいます。  いまだ反省の色はないようです。  それどころか、そっぽ向いてますね。  死にたいんですかね? 「む、娘は西園会長の子ではありませんので」 「西園さんが実父でしょ! だからママのお腹をさする写真まで持っていたんでしょ。パパと血がつながってないのは知っているんだから!」 「あ、あなたって子は……あの写真まで持ち出したの!? だ、だから西園会長を調べたのね」 「調べるもなにも、一緒に名刺もあったもの」 「奥様、なにとぞお怒りをお納めください。ほら、礼央奈、お前も頭を下げなさい!」 「なによ、それもこれもパパが私の言うことを聞いてくれなかったからじゃない」 「いい加減にしろ!」  えー……現場はカオスです。  カオス状態です。  ラスボス(母)の額の血管は今にも切れそうです。  このままだと裏組織に極大消滅呪文を唱えそうな勢いです。  もう、こりゃダメだ。全員東京湾に沈められてしまう!  しかし母がソファから立ち上がり、どこかに電話を入れようとした時、この場を止める声がした。 「その娘は私の子ではない。西園家に所縁があるのは塩原夫人が私の異母妹であるからだ」  声の方向を見ると父が汗をかきながら立っていた。  急いできた、と言うより母が怖くて汗をかいているようだ。  あ、裏組織は冗談ね。  でも母の一族が業界では力があるのは周知の事実である。 「あなた……どうしてここに? やっぱり、愛人のためなら足を運べるというの!? 」  母が泣きそうな声を出した。  父を目の前にラスボスは悲劇のヒロインのようにしおらしくなった。  こんな悲壮な表情の母を初めて見る。 「だから、違う。そこにいる塩原夫人が私の異母妹なのだ。前会長が家政婦に手を出してできた娘だ。つまらん男に騙されて子供ができたというので、助けてやってくれと頼まれたんだ。そこで塩原に嫁いで静かに暮らすことを約束させたんだ」 「え?」 「私は夢子を裏切ったことは一度もない」  見つめあう父と母……。  おいおい、だから、よそでやってくれよ。  状況が分かっていない礼央奈だけが『誰? あれ誰?』と両親に聞いて拳骨を食らっていた。 「どうしてあの時教えてくださらなかったのですか」 「父の対面もあって話せなかったのだ。あの時は母も存命だったし、母はほら、お前も知っているだろうが激しい人だったからな。しかしそのことで嫌な思いをさせて悪かった」 「博信さん……」  あ、博信って父の名前ね。ちなみに母は夢子だから。 「ええと、つまりどういうことなの?」  ポカンとする礼央奈に仕方がないので私が説明してやった。 「あなたは父の子ではなく、ママが母違いの父の妹。私とあなたは従姉妹ってとこかな?」 「娘じゃないの?」 「あなたは、正真正銘私の子で、あなたの父は私が妊娠した途端に行方をくらませたくずの庭師よ!」  自分の母親に告白されて礼央奈が真っ白になっていた。  どうりで私と顔が似ているわけだ。 「西園家の血を引く娘だから、お前も、礼央奈のわがままも許してきたが、もう限界だ! こんなことをしでかしてどうするつもりだ! 塩原工場は西園グループの支援を受けて成り立っているんだぞ」  塩原父が嘆いている。  どうやら彼は父の異母妹と結婚して面倒を見ることで西園グループから援助を受け取っていたようだ。  そこからワイワイと客人たちが各々喚きだした。  いや、客人なんかじゃない!  お前らはこの屋敷に湧いて出た害虫だ! 「静かに!」  私の声で場がしん、と静まり返った。 「で、礼央奈さんは私の夫陸翔と不倫をして子を産んだのですか?」  私が聞くと青ざめたのは礼央奈の両親だった。 「なんてことを言ってひと様の屋敷に押し入ったんだ!」 「あなたと陸翔様に接点なんてないじゃない! その子はあなたが運命の人だって浮かれて付き合ってたバーテンの子でしょう」 「だって、だって、あの人逃げちゃったし。私が不幸になるなんておかしいもの」  塩原夫人が金切り声をあげる。親子そろって相手に逃げられちゃったらしい。 「それに、写真なんていつ持ち出したの!」 「ママとパパが話しているのを聞いたのよ。西園家で迎え入れられていたら今頃財閥のご令嬢だったって」 「私の話と勘違いしたのね」 「東京について、友達から陸翔様の妻は『白パン姫』ていわれる太った影の薄いご令嬢だって聞いたの。そんな人が陸翔様と結婚できるなんておかしいんだもの」 「友達って桜橋学院に通っていたって子? その子の影響で篠原陸翔さんのファンになったのよね?」 「そうよ。写真とか、たくさん買ったもの。彼が載っていたら経済雑誌だって買ったわ」 「あなたが陸翔様って熱狂して写真を引き伸ばしたりしていたのは知っているけど、あくまで手が届かない人だとわかっているのだと思ってたわ……」 「はあ……妄想もここまでくると手におえん」 もうだめだ、と塩原夫妻は頭を抱えた。 「要は、一方的に陸翔に憧れていただけで接点もなく、他人とできた子供を陸翔の子だと詐称しようとしたのですね?」 「ええと、あのう……」 「私の大切な夫に濡れ衣を着せ、あまつさえ私をここから追い出そうとするなんて、強盗のような所業ですね? 今回の騒ぎで夫の不名誉が少しでも広まったら、私は妻として徹底的にあなた方をつぶしますよ?」 「私もそれには賛成だ。全力で祥子を支援しよう。塩原工場とは今後、完全に縁を切らせてももらおう」 「東京湾の魚の餌になりたくなければ、すぐにそのバカ娘を連れて北海道へ戻りなさい」 「ひいいいっ」  意外にも両親は私に加勢してくれた。私の人生初めてのことだ。  それから三人は震えあがって、赤ちゃんを連れてすぐに北海道へと戻っていった。  父の話では援助を切られたら生きていけないような条件の工場らしい。  これから苦労するんだろうなぁ……ご愁傷様。 「祥子、お前の毅然とした態度は父として誇らしかった」  突然父にそんなことを言われてひどく困惑してしまった。 「お父様はどうしてここに? 帰ってくるまで日にちはあったはずです」 「……急遽飛行機をチャーターして帰ってきたんだ」 「え」 「陸翔くんに家族のピンチに戻らないでどうするのだと叱咤されてな」  その言葉に私はポカンとしてしまった。 「実はお前の誕生日に私も呼ばれていたんだが、夢子が姉たちをつれていくというので気まずくてな。祥子のことになると夢子が神経質になるから……」  え、誕生日にくるつもりあったの?  バツが悪そうにいう父に驚いているのは私だけじゃなかったようだ。 「そんな……私も、悪かったわ。考えてみるとずいぶん祥子に当たっていたかも。祥子を見るとつい妊娠中の嫌な思いがよみがえってしまって……イライラしてしまったの」  そこへ母までも懺悔しだした。  両親が急に私に謝罪……でも、それを私はどう受け取っていいかわからなかった。 「つまり、お二人は私の祥子につらい思いをさせてきたのですね」  そこで、陸翔の声が聞こえた。
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