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「陸翔さん!」  母が驚いて声を上げた。見ると、陸翔が立っている。陸翔は軽く両親に頭を下げて私に尋ねた。 「あれ? 俺の不倫相手を名乗る女性はどうしたの?」 「ええと、嘘ついてたみたいで……両親に連れられて北海道にかえりました」 「そうなんだ。ショウちゃんは大丈夫だったの?」 「うん」 「会長、もろもろの手続きは終わりましたので。あとはリモートで了解をもらっています。先方も愛妻家ですので、家庭のピンチだと伝えたら応援してくださっていましたよ」 「そ、そうか」 「ショウちゃん、嫌な思いをさせてごめんね」 「ううん、陸翔のせいではありませんから」 陸翔が私に謝るとそれを聞いていた父ははっとした。 「し、祥子……その、私の事情でお前につらい思いをさせた。すまなかった」 父が頭を下げるので私は目を白黒させた。 「ごめんなさい」 父を見た母も頭を下げる。もう謝罪を受け取っていたと思っていたのでこんなにちゃんと謝られると思っていなかった私はますます困惑した。  私は何気なく父と母を見た。  ずっと私に無関心だった両親……。  私の視線に気が付いたのか父が口を開いた。 「ちょうどお前の誕生日前に話すことがあってな。お前が何も欲しがらないと聞いた。その時はつつましくていいじゃないかと思ったが……一度も必需品以外欲しがったことがないことに気が付いたのだ」 「いえ、十分にしていただいていましたから」 「違うんだよ、祥子。お前の兄姉たちは誕生日にはいつもいろいろ要望してくるんだ。それで私は不思議に思って、一度もお前になにが欲しいか聞いたことがないと思い返した」  父の言葉に反応したのは母で、その顔は青くなっていた。 「夢子へ異母妹のことを黙っていた後ろめたさもあり、お前を避けてしまっていた。お前はこんなにも立派に育っていたのに」 「わ、私も……ごめんなさい。博信さんに事情を聞く機会なんてたくさんあったのに、怖くて、できなかった……愛人の方を愛していると言われたら、って思うと……」 「五人もかわいい子を産んでもらって、そんなことはしないが……」  確かに、五人も子供作っておいて、よそで愛人なんて鬼畜だ。  もともとこの二人は仲のいい夫婦として有名なのだ。 「祥子……その、抱きしめてもいいかしら」  母が、控えめにそう言った。  でも私の体はそうですか、とは動かなかった。  もちろん兄姉が何かしら機会があると抱き着いているところを幼いころからよく見ていた。  でも、それは私にはいつも与えられないものだった。  どうしていいか、わからない。  固まっていると後ろから声をかけられた。 「ショウちゃん、ただいま。愛してるよ」  いつものように言った陸翔は私に向かって手を広げた。  私は硬直していた体の力を抜いて、陸翔に抱き着いた。 「おかえりなさい」 「うん、ただいま」  私が陸翔に抱き着くのを両親が見ていた。 「あなた方にショウちゃんは抱き着きません。その役目は私がもらいましたから」  そんなこと言って大丈夫かな、と思ったけれど陸翔なら大丈夫だと思った。  両親を窺うと、少し寂しそうな眼をしていた。 「築けなかった信頼はこれからゆっくりと取り戻そう。夢子」  父が母の肩を抱いた。  なんだかラブラブである。  やっぱりどこかよそでやってほしい。  そうして二人は手をつないで忍びもせず帰っていった。  やれやれと、ようやく静かになった我が家に安堵した。  ずっと陸翔の腕の中にいたことに気づいて抜け出そうかとも思ったけれど、その心地よさにしばらくはまどろむことにした。
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