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「はあ、いきかえるぅ」  スイートルームのバスタブに入浴剤を入れてジェットバスオン! いい匂いとブクブクと増える泡に癒される。  この窓から見える夜景どうよ。  はあ。サイコーだね。  お風呂を堪能した私はなんか用意されていた箱を開けた。しかし、ネグリジェが入っているのを見てまた閉めた。 「こんなの着れるか」  備え付けの紳士用XLのパジャマを着て、綺麗にセッティングされたベッドに潜った。  さっさと寝てしまえばあの篠原陸翔のことだ、私に迫ってきたりしないだろう。  ――だいたいあんなに引く手あまたなのだから、私に手を出すはずがない。  あからさまに篠原陸翔に近づく自信に満ちた女性たち。  挑戦的な目で見られたけど、そもそも戦う気なんてないからね。寧ろ、お願いしますって感じだよ。誰かはやいとこ持って行ってくれ。  そのまま私は気持ちいいベッドを堪能して次の朝を迎えるはずだった。  篠原陸翔が揺り起こすまでは……。 「祥子さん」 「んあ?」  急に起こされて目を擦り、時計を見ると十一時だった。 「あなた、ずいぶんと食事を取っていましたね」 「へ?」  いきなり責めるように言ってくるのは篠原陸翔だった。 「ええと……こんばんは」 「……こんばんは?」  なにを言っていいのかわからなくて挨拶してしまう。それを返した篠原陸翔も不思議そうな顔をしていた。 「それはそうと、あなた、パーティでたくさん食べていましたね」 「……」  どうやらゆっこちゃんたちが私にこっそり食事を運んでいるのを見られていたようだ。  眠い頭でそれだけ考えると私は体を起こした。 ……お酒臭い。 「あなたはお酒をずいぶん飲んだようですね」  言い返してやると篠原陸翔の目がすわった。そしてベッドに腰掛けて背中を向けた。 「私は幼少の頃からあらゆることを努力してきました」 「はい」 「勉強も、運動も。初めはいやいやでも慣れてくると頑張れるものです。やるだけ成果はでるし、努力は自分を裏切らない」 「はあ」 「私には、理解できません。あなたが、どうしてそこまで太っているのか」 「ええと」 「明らかに平均的体重を超えている。心臓はあなたの体を動かすことにとても負担をかけられているでしょう。それなのに、あなたはそれを改めようとしない」 「……」  なんだこれ。私、初夜に寝室に入ってきた夫に説教されてる……。 「膝や足首にも負担がかかり、太っていてよいことなどないはずです。自己管理ができず、自分を甘やかしてきた結果がこれです」  反論しようかと思ったが、篠原陸翔の言うことは正しかった。自分でもそれは分かっているけれど、なぜか太ってしまうのだ。わたしにとって、太る<<<食べる幸せの方式は変えられそうにないのだ。 「いいですか、あなたはまだ若い。あなたの夫として私が管理しましょう。私は自己管理ができない人とこの先同じ居住空間で上手くやっていけるとは思えません。それに、こんなことは言いたくありませんが、その姿で私の隣に立つと言われなくてもいいことまで言われるでしょう」  ビシッと言われて、さすがに凹んだ。  確かに、そうかもしれない。今日きていたパーティの人々の目は彼を憐れんでいた。『あんな子を妻にするなんて』と。太っているだけで心ないことを言われることは多々ある。きっと篠原陸翔は私に対する感想を様々な人から告げられたことだろう。今までは陰口を叩かれても私が受け流せばよかったが、妻になると夫への影響も少なからずあるのだ。 「管理するのは明日からということで、さあ、では始めましょうか」 「え、始める??」  おもむろに立ち上がり、ネクタイを緩めだした篠原陸翔に呆然とした。  まさか、今からする気なのか? このスイートルーム、隣の部屋にもベッドあったよ。 「夫婦になったのだから、セックスしないと」 「しないと?」 「あなたの母親にもよろしく頼むと言われています」 「そんな義務的にするものですか?」 「会長にも、子供は早めにと」  やっと取ったネクタイをソファの背にかける篠原陸翔。うちの両親にプレッシャーをかけられている模様……。しかし、しっかりしているように見えて、足元はおぼつかなかった。  絶対そうとう酔ってるよね。 「あの、結婚したのですし、もちろんその、そういう行為は容認しています。けれど、かなり酔っておられるようですし、今日はこのままお休みになられては?」 「しかし、こういうことは勢いもないと。今日を逃すとあなたを抱ける気がしません」 「それは……」  妻にしたけど性欲湧かないってことでOK? おいこら、こっちだって願い下げだ!  なんだよ、こんな感じで処女喪失とか、やってらんねーよ! 「ム……」  手元が上手く動かせず自分のシャツのボタンが外せない篠原陸翔。  こんな酔っ払いにヤラれてたまるか。  ヤツはもうベロベロだ。会話をのばせばきっと寝てしまうに違いない。 「ち、ちなみに子どもは何人ご希望ですか?」 「……そうですね。二人? 三人でしょうか。キャッチボールとか……いいですよね。男の子かな。いや、女の子もかわいい……」  子供好きそうな発言をしてくる篠原陸翔。なんか、ちょっと意外だな。 「祥子さんは? ……どうなんですか?」 「わ、私は、まだ学生ですし、考えてないというか」  うっかり本音を言ってしまう。すると、篠原陸翔は黙ってしまった。 「あなたはまだ十代ですからね。じゃあ、どうしてこの部屋に?」 「この部屋って、今日はここに泊まるんだし。寝るためにいるに決まっているじゃないですか」 「寝る? そんな簡単にあなたは男と寝るのですか?」 「はあ?」  もう、なにを言っているのかわからない。てか、酔っ払い、ヤダ! 「あなたには貞淑な妻でいてもらいたい」  だから、なんなんだよ!  「十分貞淑ですよ!」  今日だって一人で大人しく高砂で座ってただろうが。難癖付けてくるな! 思わず大きな声をあげると彼は目を細めた。 「普通なら抱いて欲しいと迫ってくるのに、私に怒り出すなんて怪しい」 「はあ?」 「高校を卒業したばかりだと安心していましたが、今時の若い子の性の乱れはそれでは判断できませんね」 「性の乱れ?」  ないない! 乱れる前に出会ったことも無い!  しかし、篠原陸翔は引き下がらなかった。 「確認しましょうか」 「へ」 「あなたが処女なのか」 「え、ええーっ」  疑われている。この私が。アリエナイ……。 正気ならきっと爆笑して終われたのに……しかし目の前の酔っ払いに話が通じるとは思えなかった。
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