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 白パン姫  その名で親しまれている私は西園財閥の五番目の末っ子、三女である。  白パンとは白いパンティーばかり履いているからではなく(まあだいだい白ではあるが)その名の通り、食べる白いパンのようにふっくらした容姿であることを指していた。  とどのつまり、太っている。  元々太りやすい体質だった私の唯一の楽しみは美味しいものを食べることだった。 それは日々の食事から始まり、デザートまで。    時においしいものがあれば飛行機に乗ってでも足を運び、朝からお店に並ぶこともあった。  ステーキ、揚げ物、パスタにスープ……  ケーキにアイスにドーナッツ……  チーズにポテト、スナックまで。  私の心を躍らせるのも、満たすのもおいしい食べ物なのだ。  忙しい両親と優秀な兄姉たち。五番目の末っ子のわたしはかなりほったらかしで育った。いや、忘れられていたという方が近い。  寂しさと劣等感を埋めるには脂質や糖分が必要で、そうなると拍車がかかったように私の体はどんどん大きくなっていった。  ルネッサンス時代や平安時代はふくよかな女性が重宝されていたというのに、現在日本では引き締まった細い女性が綺麗だという風潮である。したがって私のような体形になると世間の目は厳しい。これでもご令嬢だからと数年前までは頑張っていたが、私は水を飲んでも太る。唯一綺麗だと言われていた肌もストレスで荒れる一方だったので、もういっそのこと気にしないことに決めた。  どうせ、父も母も優秀な兄姉のことで忙しく私のことなど忘れている。  いっそこのまま自立しようと、密かにカフェを経営しようかともくろんでいた。大学に進めばこっそりバイトをしようと、求人を探すのと同時に市場調査を重ねていたのだが……。  急に父に呼び出されてしまった。 「元気だったか」 「はい」  久しぶりに見る父はさすがに年を取っていた。隣には母がいて、そっちは以前のド派手な恰好は止めたのか落ち着いたドレスを着ていて娘としてはホッとした。しかし、母は口をあんぐりと空けて私を眺めていた。両親と最後に会った時はこんなにも太っていなかったからだろう。ほかの兄姉はみんな、なにを食べているのかスリムだからね。 「見ないうちにずいぶん……」 「はい」  父も私の変わりように驚いたようだが、さすが一国の主、すぐ気持ちを切り替えたのか本題に入った。 「体形のことはまあいい。お前の嫁入りが決まった。相手は篠原陸翔(しのはらりくと)。十日後には婚約を発表する」 「は?」 「結婚は半年後だ」 「あ、あなた……祥子はこんなに、ふと……いえ、ふくよかでしたか?」 「……私もちょっと思っていたが」 「相手はあの陸翔さんですよ?」 「しかし、上の二人はもう婚約者がいる」 「でも……」 「黙りなさい。これは両家の話し合いで決まったことだ」  西園の三女である娘の私の方が歓迎されていないっぽい母の発言に嫌な予感がする。 「京子を婚約解消させて……」 「決まったことだ」 「……」  父の意志の強い声で母は黙ったが、いかにも不満げだった。 「祥子、質問はあるか?」 「いえ、特には……」 「では、部屋に戻るといい」 「はい」  不満はあっても質問などない。みそっかすでも西園として生まれたのだから少なからず政略結婚が待っているのは分かっていた。 はあ。  きっと十八歳の成人になったことで、私のことをどうするって話になったのだろうなぁ。どうりで父の第一秘書の谷口さんにこないだ呼び止められたわけだ。  それにしても半年後に結婚だなんて。大方、必要に迫られて「あ、そう言えば祥子がいたわ」くらいの軽さで結婚が決まったのだろう。長女の芳子も銀行頭取の孫に嫁ぎ、次女の京子は西園のグループ会社の社長との婚約が決まっていた。  私のお相手はなんだっけ、ええと、篠原陸翔……さん?  どこの誰……うーん、私と結婚の話が回ってくるなんてきっと仕事に有能なおっさんだな。おっさんに間違いない。あとは禿かデブでなけりゃ私を選んだりしないだろう。父が血縁関係になりたいのだから西園に余程必要な人材なのだろう。せめてバツついてなければいいけど。  自室に帰る途中、お手伝いの雅代さんが心配そうに駆け寄ってきてくれた。  まあまあ、話でもきいてくれと食堂に移動すると雅代さんがお茶をいれてくれた。 「突然のお呼び出しだなんて、大丈夫でしたか? まさか、土日にコソコソあちこち出かけて散財していたのがバレたのでは?」 「ああ、それはバレてない。結婚が決まったってだけ」 「はー、良かったですねぇ……え? け、け、け、けっこん? お嬢様が結婚!?」 「なんか急だよねぇ」 「そ、それで、お。お相手は……」 「えーっと。篠原陸翔?」 「し、し、篠原陸翔様!?」 「もー、いちいち驚きすぎだよぅ。あはははは。あれ? 雅代さん知ってる人?」 「知ってるも何も学生時代、芳子様も京子様も夢中で……」  青ざめた雅代さんが説明しようとした時、激しい足音が近づいてきた。  ドシドシ、ドシドシ! 「な、なに?」  慌てて雅代さん振り返る先をみると、そこには鬼の形相の母が立っていた。 「お母様?」  私の部屋のある離れにくるって何年ぶり……? 「祥子、あなた……」 「ど、どうされたのですか?」 「今日からダイエットをするのよ!」 「へ?」  いきなり私の部屋を訪れた母は、急に私にそんなことを言いだしたのだった。
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