第八章『休暇』

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聴覚を研ぎ澄ませ、声に集中する。 「わかるでしょ?こっちはあんたを思って言ってやってるの。私はこいつらをあんたにけしかける事だって出来るのよ?」 女はフードで顔を隠したロングマントの人物に高圧的に話し掛けている。 どう見ても恐喝だ。 「あ、姐さん、流石にギルドがある村で真昼間にやるのはマズいッスよ」 男の一人が周囲を見渡しながら、女をやんわりと止める。 「うっさいね。こんなところ誰も来やしないよ」 来てます。 「で、ですけど」 「あぁ〜もう良いよ。あんた達は周り見張ってなさい。このはあたしが身ぐるみ剥いでやるわ」 そう言って女は大股でロングマントの人物へと近寄り、掴み掛かる。 ロングマントの人物は避けようとしない。 それとも、恐怖で避ける事が出来ないのかーー。 ドクオは木陰から飛び出そうと一歩、踏み出す。 その時だった。 「はぁ〜、もう面倒くさいなぁ〜」 突如、ロングマントの人物が声を発した。 その声は、少女と思えるようなものだった。 その直後、掴み掛かろうとしていた女が突き飛ばされるように吹っ飛んだ。 フードで顔を隠すロングマントの少女は、一見、何かをしたようには見えなかった。 吹っ飛んだ女も、何が起こったのか理解出来ないと言った表情だ。 周囲の男二人も、突然の事態に驚き、硬直してしまっている。 しかし、ドクオには微かに見えていた。 女を突き飛ばしたものの正体、そして、今尚、少女の周囲を渦巻く力の根源に。 見覚えがあったからだ。 「お姉さん、これで分かった?どうやら、わたしを色々と好きにしようとしてたみたいだけど、あなたじゃわたしの遊び相手にもならないよ?」 少女の言葉に、女が歯を噛み締める。 「この、小娘が…!一回突き飛ばした程度で良い気になってんじゃないよ!!」 女は背中の長槍を抜き、構える。 「ちょっ、姐さん、それはマズいって…!」 仲間ーーと言うより部下?の静止にも聞く耳を持たず、その穂先を少女に向け、突進する。 少女は先程と同じく動こうとしない。 その代わり、右手を持ち上げる。 人差し指と親指を立て、まるで銃に見立てるように作って。 「ばーん」 一言。 子供騙しのように銃を撃ったような所作をする。 その直後、突進していた女は急に体勢を崩し、膝を突く。 その様子はまるで、攻撃をパリィされた時や、攻撃を受けて体幹が崩れた時のようだ。 「ーーか、はっ…」 少女は膝を突いた女にスキップするように近付くと、その額に銃の形にした左手、その人差し指を突き付ける。 「ーーや…め…っ…!」 女は恐怖で涙ぐみ、声にならない掠れた音を喉から絞り出している。 「わたしを殺そうとしたんだもん。勿論、殺される覚悟はしてるんだよね?」 その声は、とても無邪気なものだった。 だからこそ、恐ろしい。 ドクオの想像しているものが正しければ、もし少女が先程と同じく手の銃を撃てば、最悪、女は死んでしまうだろう。 少女が扱う、不可視の力。 その正体は、モララーが使っていた、風属性の魔法に非常に酷似していた。 少女は、風の魔力で女を突き飛ばし、風の弾丸で女の体勢を崩し、そして今、風の弾丸を頭に撃ち込もうとしている。 確かに、彼女が少女に行った行為は、許されることでは無い。 だが、それでも、目の前で人が死ぬのを見過ごすことは出来ない。 それは勿論、少女の為にも。 ドクオは大樹の陰から飛び出した。 (;'A`)「待てッ!」 ドクオが姿を現し、四人の視線が集中する。 男二人は、自分たちの知らない人間の乱入に困惑している。 女は、助けが来たと思っているのか、その顔に希望が生まれる。 対して、顔の見えないロングマントの少女。 「誰?この人達の仲間?」 女に人差し指を突き付けたまま、訊ねてくる。 (;'A`)「あ、いや、違う。仲間では、ない」 ドクオは勢い良く出て行った割には、いきなり勢いを削がれてしまう。 女も絶望感に打ちひしがれた表情になる。 「そう。なら邪魔しないでくれる?この人、わたしに乱暴なことをしようとした上に殺そうとして来た人だから。ただ返り討ちに遭ってるだけだから」 少女は、冷静に淡々と、まるで人の命を奪うことに一切の躊躇が無いように言い放つ。 (;'A`)「け、けど、ダメだよ!人を殺すなんて!!」 ドクオの言葉に、女が同意するように激しく頭を振る。 ドクオは少し庇ったことを後悔した。 「人を殺すのがダメ…?人を殺す事と動物や魔物を殺す事、どこに違いがあるの?」 少女が放った言葉に、ドクオはすぐに反論出来なかった。 少女は続ける。 「全部同じ命。全部等しい生命。違いなんて無い。人が勝手に、傲慢に、差別しているだけ。全ての生き物は、自分が生きる為に殺す。わたしも、わたしが生きて行く為にこの人を殺す。それだけ」 その直後、風が弾けた。 女の顔、そのすぐ横で。 少女の人差し指の先で。 女が目を見開いた表情のまま、ゆっくりと倒れる。 ドクオは、呆然と、ただそれを眺めている事しか出来なかった。 男二人は、片方はその場でうずくまり、もう片方は倒れた女の元に駆け寄る。 二人とも、涙を流していた。 叫んでいた。 呆気ない。 こんなにも呆気なく、目の前で、人の命が奪われた。 だが、少女の言葉を借りるなら、それは結局、人間を特別視している人間の傲慢さだ。 不運にも、蟻が踏み潰されるように、依頼を出された魔物が討伐されるように、ただ一人の人間が一人の人間に殺された。 ただ、それだけのことだ。 少女は、倒れた女を見下ろしていた。 フードによって表情を窺うことは叶わない。 その胸中には、果たして何が渦巻くのか。 それとも、何も無いのか。 (; A )「こんなーー」 (;'A`)「こんな結末があるかよ!!」 咆える。 (;'A`)「あんたの言ってることは正しいだろうよ。正しいだろうさ!それでも!!」 自身の胸中に渦巻き、言葉としての整合性が無くとも。 (;'A`)「人が人を殺すことを俺は認めない!!」 訴え掛けるように。 「……あなたが認めなくても、世界はそう出来ている。人は多くの人を殺す。こうしている間にも、多くの人が人の手で殺されてる」 (;'A`)「ああ、そうだろうな!俺は神でも勇者でも無い!俺が何を喚こうと、俺の手が届かない場所の人は救えない!でも、俺の手が届く範囲だけでも、俺は抗ってやる!もう、誰も死なせない!!」 「……その人、死んでないけどね」 (;'A`)「えっ…?」
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