銀の踊り子

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 私は善人ではない。だからと言って悪人というわけでもない。  日々、黙々と働き、時々バーに寄って少しの酒をひっかけ、夜空を眺めながら一人家路につき、粛々と眠る。それを毎日繰り返すだけのごく普通の人間である。  だから、仕事で疲れた帰宅中に突然殴られるような謂れはないのだ。  刺さるような痛みに顔を歪ませ、頭頂部をおさえる。振り返るが、誰もいない。それどころか、人っ子一人いない。夜も深いので当たり前といえば当たり前なのだが、では私は何に頭を殴られたのだろう。  ふと、暗がりに光る一足の靴が目に入る。闇夜に不釣り合いな輝きを放つそれは、寂しげに地面に横たわっていた。  これが当たったのだとしたら、一体どこから…と辺りを見渡しても、灯りが消えかけた電柱が点滅するだけで、見上げた空は雲に覆われ、何も答えてはくれなかった。  玄関のドアが閉まる音と同時に出たため息は少しの後悔によるものだ。手の中にある大判のハンカチに包んで持ち帰ったその靴が、私をわずかに普通から踏み外させた。  どうして持って帰ったのかと聞かれれば、あのまま道にぽつりと置き去りにするには忍びないほど眩く、だからと言って野暮ったい男の一人暮らしの部屋にはさらに似つかわしくないものだから、今こうして手に余しているのだ。  靴入れの棚の上に置いて、布をほどくと、照明に反射して一層輝きを放った銀色の靴が姿を見せた。  ミラーボールのようにきらきらと眩しく光る。いや、もっと繊細で優美な光だ。シャンデリアと言ったほうが近いかもしれない。けれど、素材はガラスというわけではなさそうだ。何で出来ているのだろう。  形はシンプルなハイヒールであるが、目を逸らせなくなるような美しさを纏う不思議な靴。なぜ私の頭上に、まるで降ってきたかのようにあらわれたのか。思案してみても答えは出ないが、それより憂慮すべきはこれをどうするかだ。大量生産された既製品の靴とは思えない。大切なものだろう。持ち主を探すべきだろうか。しかし、いざ返すとなったら、持ち帰ったことの言い訳に悩む。  しばらく考えこんだ私の結論は、二、三日したら落とし物を拾ったという体で交番に届けるというところに着地した。嘘はついていない。ただ数日預かるだけだ。それまでは、古ぼけた靴たちの頭上に飾っておくとしよう。
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