恋する卵焼き

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 織衣がソファを指さすも、磯川はソファの横にリュックを控えめに置く。その中から取り出すのは黒地のエプロンだ。 「これ、中学の家庭科の授業で作ったやつなんだけど」  磯川がエプロンを身に着けながら、恥ずかしそうに織衣に話しかける。確かに中学の時に作ったものらしく、丈が今の磯川に合っていない。 「私も。磯川くん、うまいじゃん」  織衣が磯川の作ったエプロンを褒める。  その会話を聞きながら小夜も生徒たちに、エプロンを作るという課題に取り組ませたことを思い出す。ミシンの使い方を学ぶためにエプロンを作らせた。そして自分で作ったエプロンで調理実習に挑むという流れだ。  ミシンの使い方に四苦八苦し、時にミシンを壊したりしていた子たちだが、最後にはエプロンを完成させて笑顔を見せていた。中には、ミシンで服をリメイクすることに目覚めた男子生徒もいた。髪の毛を染め、授業をサボってタバコを吸っていた子だった。放課後になると、小夜が顧問を務める家庭部の部室である家庭科室に姿を見せ、その不良めいた様子から遠巻きにする女の子たちから距離を取り、ミシンを使って自分の服をリメイクしていた。  家庭部の女の子は、みんな大人しい子たちだった。校則をきちんと守り、授業をサボることもしない穏やかな子たちだ。そこに突然、タバコのにおいをまとって眉を細くした「不良」と呼ばれる男の子が一人やってきた。当然のように彼女たちは戸惑い、決して近づかないように遠巻きにしていた。だが放課後の家庭科室で同じ時を共有するうちに打ち解け、お互いに得意なところを教え合い他愛ないおしゃべりをするようになっていた。
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