恋する卵焼き

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 そこでインターホンが鳴り、洗い物の手を止めてモニターに向かう。そこに移った人物の姿に驚くも、次の瞬間にはちょっと表情が緩む。  明日の朝やってみようかなと言う磯川の声を聞きながら、玄関へ向かう。 「こんにちは。まだやってるかなって、差し入れを」  紙箱を軽く持ち上げてみせるのは盛だ。 「ありがとうございます。ちょうど出来上がって食べ始めたところなので、どうぞ」  盛を家に上げる。  差し入れとは言いつつ、磯川が気になって様子を見に来てくれたのだろう。それを言えば「帰って寝るだけ」と言ってくれる人だ。盛の行動に救われている人たちはどれだけいるのだろうか。 「こんにちはー。お、ウマそうなにおい」  口を動かしながら盛に会釈するのは磯川で、織衣は露骨に眉をひそめてみせる。磯川がいなければ、何しにきたのと言いだしそうな顔だ。 「和風ハンバーグだ。おいしい?」 「おいしいです。卵焼き食べます? 食べ比べしてるんです」 「いいの? 小夜さん、佐久間さんに手を合わせさせてもらってもいいですか」 「えぇ、どうぞ」  居間に面した和室に盛を案内する。そこは久理子が使っていた部屋であり、仏壇も置いてある。久理子の他に、小夜と織衣の父である茂の遺影も飾られている。  盛が線香を上げ、仏壇に向かって手を合わせる姿を見ながら、海人の両親の写真にも手を合わせてくれていたことを思い出す。そして店で倒れていた久理子を発見してくれたのも盛だ。 「もう二ヶ月経つんですね」 「えぇ。あっという間でしたね」  久理子が急逝したという連絡を受けて駆け付け、小夜の存在すら知らなかった織衣と同居することを決めた。そして東京から戻ってきて盛と出会い、織衣の登校拒否宣言からの家出と毎日が慌ただしく過ぎていった。 「小夜さんがこっちに戻ってきてから、いろんなことがありましたからね」
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