恋する卵焼き

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 織衣のことを思い浮かべたのか、盛が苦笑する。海人と磯川に目が向いてしまっていたが、盛にお世話になったのは織衣も同じだ。 「本当にお世話になりっぱなしで」 「僕も食生活の方でお世話になってますから」 「小夜さーん、ヤカン」 「あ」  織衣の声でヤカンを火にかけていたことを思い出す。慌てて立ち上がり、コンロの火を消す。和室から出てきた盛が磯川の隣に座ったところで、先に箸を渡す。卵焼きの食べ比べ用だ。テーブルの上には磯川と織衣、それに小夜が見本で作った卵焼きがそれぞれのさらに乗っている。 「卵焼き一つでも個性が出るね」  ちょっと焦げ目の多い卵焼きを食べた盛は、おいしいねと感想を口にする。次いで織衣が作った卵焼きに手を伸ばし、うんと言葉少なに口を動かす。 「それ、スクランブルエッグにしたらウマいですよね」 「そうだね」  磯川に同意した盛に、織衣は頬を膨らませる。そして盛は最後に小夜が作った卵焼きに手を伸ばそうとする。皿には二切れ残っているが、織衣が手を伸ばし二切れに箸を突き刺し、大きな口を開けて卵焼きを口の中に入れる。その顔は、どこか勝ち誇ったように見える。 「織衣ちゃん、お行儀……」  ぽかんとする磯川と盛を前に、小夜は織衣の行儀をたしなめる。  久理子がきちんと言い聞かせていたからか、織衣は刺し箸などはしない。まして二切れそれぞれに箸を突き立てるなんて、子どもが好きな食べ物を取られないようにしているようにしか見えない。 「ははではべれるってほもわないへよ」 「佐久間、何言ってるかわかんない」  小夜の言葉は無視して、織衣は盛に告げる。磯川と小夜は織衣が何を言っているかわからなかったが、盛は何となくニュアンスをつかんだようだ。何かを受け入れたような顔をしている。 「食べながら喋らないの。せっかく差し入れ持ってきてくれたのに」
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