思い出ケチャップライス

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『ここが一番大事だけどよ、久理子さん、織衣ちゃんに何も言わないまま逝っちまったからな』  スマホを耳にしたまま、小夜は空を仰ぐ。街灯や近隣の店の看板の明かり、マンションから漏れる明かりで東京の夜空は明るく、星は見えない。  織衣は小夜のことを知らない。小夜のことどころか、茂が自分の母親以外の女性と家庭を持っていたことすら知らないはずだ。久理子が言わなかったのはもちろんだが、最も説明責任があると思われる茂は久理子より先に夫婦で逝ってしまった。  両親を一緒に亡くした織衣は当時四歳、異母姉妹なんて言葉を知るはずもなければ、父親は自分だけのものだった。きっと今だって、最愛の父親が誰かの「お父さん」であったとは夢にも思わないはずだ。 そして今、唯一の身内であった久理子を亡くして一人きりになったと思っているのだろう。 『織衣ちゃんは今晩、近所の奥様方が面倒みてくれるそうだから。小夜ちゃんは明日、新幹線でこっちに来てくれ。来れるよな?』 「えぇ。祖母の家に向かえばいいですか」  幸い、明日は土曜日だ。それでも忌引きを使って三日――場合によっては有休を使ってさらに――休むことになるだろう。
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