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「ああ」
母は少し首を傾げた。
「怒るかな?」
そう訊ねる母はちっとも恐れているようではなくて、凪は腹が立った。
「当然でしょ。そう思ったから、お母さんも僕のところに来たんじゃないの?」
思わず声を荒げると、母はシッと凪の口を塞いだ。その動きの速さに、凪は思わず口を閉じてしまった。
母はニヤリと笑って、凪を覗きこむ。
「そんなに大きな声を出したら、こころが起きちゃうじゃない」
母は塞いでいた手を外すと、「ハズレ」と軽い調子で言った。
「凪にこの子たちの名前を付けてもらおうと思って」
「は?」
何を言っているんだ、この人は。
凪は一瞬、母の言葉を自分が取り違えたのかと思った。
だが、母が言い違えることも、自分が聞き違えることも、ありえない。
「この子たちは……」
「名前が分からないのよ」
「……あのね」
凪は常識的に説明しようとしてやめた。
犬猫じゃあるまいし、名前が分からないからと言って、勝手につけていいものとは思えないが、きっと常識の通用する世界ではないところで出会ったのだろう。
そんな世界のことを、凪は知りたくもないと思った。
凪はため息をついて、立ち上がった。
「だからって、なんで僕が考えなきゃならないの?」
母が拾って来たのなら、母が付ければいい。
母は凪のベッドの上で片足をたて、頬杖をついて凪を見上げている。そんな姿まで、母は似合ってしまう。
「だって、凪の名前はこころが付けたんだよ。だから今回は凪が付けるのがいいのかなと思って」
その話はこころによく聞かされた。
当時、こころは十歳だったから、命名の大役に、かっこいい名前を付けようと、張り切ってあれこれ考えたらしいが、びっくりするほどのキラキラネームではなくて良かったと思う。
特に意味を考えたわけではなく、響きがかっこよかったからということらしいが、凪は結構気に入っていた。
穏やかな、無風状態の海。
何も起こっていない静かな海。
最高じゃないか。
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