6人が本棚に入れています
本棚に追加
【前編】
「あの、すみません。西園高校ってどっちですか」
「え!?」
尋ねると、その中年女性はびっくりしたような顔で私を見上げた。顔を見て、背丈を見て、しばらくぽかーんと固まる。何を考えたのかはすぐにわかった。私は曖昧に笑うしかない。
本当は嫌で嫌で仕方ないことなのに、嫌だと言うこともできない。嫌われたくないし、トラブルになりたくないから。空気が読めない奴、と言われるのがトラウマだから。
「あ、ああ……西園高校は、そこの道をまっすぐ行って折れたところですよ。郵便局の向かいに、正門がありますから」
女性はやがて、自分の失敗を悟ったのか誤魔化すように笑って答えた。
「ひょっとして、新入生さん?凄いわね、あそこに合格するなんて」
「……ありがとうございます、失礼します」
彼女としては、多少挽回するために雑談に興じたかったのかもしれない。でも、今は正直とてもそんな気分になれず、頭を下げてそそくさとその場を退散してしまった。いかにもお喋り好きそうな女性の視線が、背中に刺さっているのが見える。彼女がさっき驚いた時に見たのは私の顔で、次に視線は胸元に下がった。――私の性別を確認しようとしたのだ。
――慣れろ、慣れろ。こんなの、小学生の時からじゃないか。
唇をぎゅっと噛み締め、私は小走りに学校の方へ向かう。トラブルで制服が入学式までに届かないかもしれない、となり。しかも何故か学校の電話が通じなかったため、直接状況を伝えに足を運んだのだ。恐らくは他の生徒にも同じトラブルが起きていると思われるので先生達も事態を把握はしているだろうが。
そのトラブルも正直かなり困ったものだったが。今は、それ以上に“スカート”という特定の服装でもなければ、女子だと思って貰えないことを改めて思い知らされて嫌気がさしていた。
いや、いつかはそれもなくなるのかもしれない。男女での性別の垣根を取っ払おうという学校は少しずつ増えてきているのだから。
――私は私だ。そう思わなきゃ。
川合渚。今年から高校生。
今日も私はこの、男の子みたいな低い声と高い背丈に悩まされている。
最初のコメントを投稿しよう!