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「すみません」
「ーーーーーッ!?…いやーーー」
寺澤監督は私が私と分からなかったのか、顔を強張らせて小さな悲鳴を上げた。
私は慌てて、黒いキャップを脱いだ。
「驚かせてすみません…!
ーーー…安座間鏡花です……
寺澤監督にーーーどうしても聞きたい事があってーーーそれで来ましたーーー」
寺澤監督は私を認識するなり安堵の表情を浮かべ「なんだ…鏡花ちゃんか」と呟いた。
「何?聞きたいことって?」
寺澤監督はネイビーのワントーンのワンピースを着ていた。
艶っぽいネイビーで、体のラインが出るように作られた女っぽいデザイン。
大人のデート服ーーーという感じが、ぴったりの装いだった。
私は冷たくなった心とは対照的に、微笑みを浮かべて切り出した。
「ーーー3ヶ月前の映画のオーディション…
アレってーーー最初合格したのーーー…
……表上悠さんでしたよねーーー?」
私の質問を聞くや否や、寺澤監督の表情は一気に硬くなった。
眼が泳ぎ、明らかに動揺している。
「ーーーどうしたの急にーー?
……お父さんからーーー何か聞いたのーーー?」
私のバックにいる父の顔色を気にするような言葉に腹が立った。
「いえ…表上さん本人から聞きましたーーー
ーーー付き合ってたんです。私達。
ーーーだから知りたくてーーー彼が何でーー自ら命を絶ったのかがーーーどうしてもーーー」
「ーーーー!!!……ちょっ…待って……」
私は寺澤監督にナイフを見せつけた。
これは最後まで使わない予定だったけどーーーもういい。
この女は絶対黒だ。
そうに決まってる。
「ーーーさっき見ましたーーー…
監督がーーー塔野一朔とホテルから出て来るところーーー…
…お味はどうでしたか?
ーーー映画の主演に抜擢させるからとそう言ってーーー監督は塔野一朔を買ったんですよね…?
既に終えていたオーディションの…表上さんの合格を取り消してーーーそうでしょ?」
私はナイフを寺澤監督の眼前に突きつけた。
エクステをつけた睫毛が小刻みに震えている。
その目玉、今すぐ抉り出してやりたい。
「ーーーー…悪かったわ……
ーーーでもまさか塔野君がのってくるとは思わなかったのーーー
彼からオーディション残念でしたって話をされてーーー私冗談半分でーーー…
『私と寝れるなら主演にしてもいいかな』って言ったのーーー…そしたら彼が『全然寝れますよ、むしろ寝たいです』って言ってきてーーーー」
そこから先の話は、自分で寺澤監督に話させたくせに、怒りと憎しみではっきりと覚えていないーーーー。
でもあの男ーーーー塔野一朔はその場で寺澤監督を抱いたということは分かった。
寺澤監督にキスをしてからーーー彼女の脚の間に自分の脚を入れて脚を開かせてーーーそのまま行為に持ち込んだのだと聞いた。
自分の目的の為に20歳も年上の、好きでも何でもない女を平気で抱いて不正を働いてーーーーあの人を蹴落として自分が映画の主演になった。
ーーーその結果あの人は自殺したんだ。
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