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「ーーーー…なに泣いてんの? ーーー死にたくないって泣いてもムダよ。 ーーー恨むならアンタを好きになった塔野を恨むのね」 私にクスリを入れようとして、鏡花さんは注射器の端に親指を乗せた。 きっと直哉に飲ませたのと同じ、直哉が持っている、あの時の私に使ったのと同じクスリ。 「違いますーーーー」 私はやっと震える声で否定した。 人形のような顔だなとーーー私は間近で彼女を見て思った。 私には無い柔らかそうな髪は、トレンドのダークグレージュで染められているとこの間テレビで放送されていた。 私よりずっと長いのに手入れが行き届き、毛先までツヤツヤとしている髪ーーー 髪の毛とは対照的に鏡花さんの目は荒んでおり、私を睨みつける。 ごくんと唾を飲み込んでから、私は言葉を口にする。 「ーーーー…塔野さんのした事ーー… ……本当に…本当に本当に、ごめんなさい… ………何も知らなくてーーーー… ーーーー塔野さんを好きにーーーー」 「別にいいから、謝らなくて。 アンタがいくら謝ってもーーー 悠貴は帰ってこないのよ」 言葉は低い声でぴしゃりと遮られる。 私や塔野さんがなんと言って謝ろうと、鏡花さんが愛していたーーー愛している人は帰って来ない。 鏡花さんかその人とーーーもう一度会って、付き合って、結婚して、子供を産んでーーー。 ってーーーそんな未来が叶うなんて事は、絶対に無い。 そう思うと私は途端に悲しくなった。 私があの日、永遠に失ったと思った塔野さんは、生きている事は確実だったからだ。 何度と目を逸らしたガラスの箱の中でーーー塔野さんは確実に生きていた。 それはつい数ヶ月前の私にとって紛れもない真実で、だからこそ私は何度もそのガラスの箱から、目を逸らしてきたのだ。 アンタはいいわよね。 私の失ったものーーーー全部持ってる。 大好きな男の心は自分のところにあってーーー その大好きな男との子供までいるーーーー。 鏡花さんの目はそう言っているように見えた。 愛しい男が何処かで生きているーーーこの世にいる。 それだけで十分でしょと言うような瞳。 「アンタはいいわよね」 実際に言葉となって現れた言葉に私は呼吸を一瞬止めてしまう。 目だけを横に動かし、鏡花さんの顔を見た。 鏡花さんの悲しそうな瞳と目が合う。 「愛する男もーーーその子供もーーー ーーーちゃんとアンタの側にいるんだから… ーーーあんな記者会見まで開いてもらって…… …さぞ幸せだったでしょ?」 私は塔野さんが開いた記者会見を思い返していた。 後々こっそりと夜中に見たーーーあの記者会見。 「愛してるーーーって言ってたわね。 貴女の事ーーー幸せにしたいって」 鏡花さんは私を押さえつける腕に力をこめた、首が締まって苦しい。 私は鏡花さんの腕を、自分の手で掴んだ。 「鏡花さんーーーー」 やめてと、そう言おうとした。 こんな事やめてーーーーー 「ーーー馬鹿な男ーーー… あんな事言ってーーー貴女がこうなる理由は自分にあるのを知らないでーーーー」 注射針が身体の奥に入っていくのか、鋭い痛みが走る。 恐怖で身体が縮こまり、唇が震える。 歯がカチカチ鳴った。
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