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18
「ーーーー…なに泣いてんの?
ーーー死にたくないって泣いてもムダよ。
ーーー恨むならアンタを好きになった塔野を恨むのね」
私にクスリを入れようとして、鏡花さんは注射器の端に親指を乗せた。
きっと直哉に飲ませたのと同じ、直哉が持っている、あの時の私に使ったのと同じクスリ。
「違いますーーーー」
私はやっと震える声で否定した。
人形のような顔だなとーーー私は間近で彼女を見て思った。
私には無い柔らかそうな髪は、トレンドのダークグレージュで染められているとこの間テレビで放送されていた。
私よりずっと長いのに手入れが行き届き、毛先までツヤツヤとしている髪ーーー
髪の毛とは対照的に鏡花さんの目は荒んでおり、私を睨みつける。
ごくんと唾を飲み込んでから、私は言葉を口にする。
「ーーーー…塔野さんのした事ーー…
……本当に…本当に本当に、ごめんなさい…
………何も知らなくてーーーー…
ーーーー塔野さんを好きにーーーー」
「別にいいから、謝らなくて。
アンタがいくら謝ってもーーー
悠貴は帰ってこないのよ」
言葉は低い声でぴしゃりと遮られる。
私や塔野さんがなんと言って謝ろうと、鏡花さんが愛していたーーー愛している人は帰って来ない。
鏡花さんかその人とーーーもう一度会って、付き合って、結婚して、子供を産んでーーー。
ってーーーそんな未来が叶うなんて事は、絶対に無い。
そう思うと私は途端に悲しくなった。
私があの日、永遠に失ったと思った塔野さんは、生きている事は確実だったからだ。
何度と目を逸らしたガラスの箱の中でーーー塔野さんは確実に生きていた。
それはつい数ヶ月前の私にとって紛れもない真実で、だからこそ私は何度もそのガラスの箱から、目を逸らしてきたのだ。
アンタはいいわよね。
私の失ったものーーーー全部持ってる。
大好きな男の心は自分のところにあってーーー
その大好きな男との子供までいるーーーー。
鏡花さんの目はそう言っているように見えた。
愛しい男が何処かで生きているーーーこの世にいる。
それだけで十分でしょと言うような瞳。
「アンタはいいわよね」
実際に言葉となって現れた言葉に私は呼吸を一瞬止めてしまう。
目だけを横に動かし、鏡花さんの顔を見た。
鏡花さんの悲しそうな瞳と目が合う。
「愛する男もーーーその子供もーーー
ーーーちゃんとアンタの側にいるんだから…
ーーーあんな記者会見まで開いてもらって……
…さぞ幸せだったでしょ?」
私は塔野さんが開いた記者会見を思い返していた。
後々こっそりと夜中に見たーーーあの記者会見。
「愛してるーーーって言ってたわね。
貴女の事ーーー幸せにしたいって」
鏡花さんは私を押さえつける腕に力をこめた、首が締まって苦しい。
私は鏡花さんの腕を、自分の手で掴んだ。
「鏡花さんーーーー」
やめてと、そう言おうとした。
こんな事やめてーーーーー
「ーーー馬鹿な男ーーー…
あんな事言ってーーー貴女がこうなる理由は自分にあるのを知らないでーーーー」
注射針が身体の奥に入っていくのか、鋭い痛みが走る。
恐怖で身体が縮こまり、唇が震える。
歯がカチカチ鳴った。
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