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「何食べるか、決めた?」
「うん、あのね、、、
『さわらカツ。春キャベツのタルタル定食』」
思っていたより渋いメニューに私は驚き「しぶっ!」と思わず声に出してしまう。
お子様ランチじゃないのか。
どうせ食べれない分は、最後に私が食べる事になる。
「……魚でいいの?
ハンバーグもあるよ?」
私は念を押して聞いた。
和磨はこっくんと頷く。
「いいの、魚で。
ーーーもう少しでこういうお魚ーーー…
あんまり食べれなくなっちゃうかもだし…」
和磨の言葉に、私は一瞬声を失った。
それと同時に蘇る、塔野さんの声。
「ーーー海外に行こうと思ってるんだ」
あの日こっそりと私が入院する病室に来た塔野さんは、突然そう告げた。
「ーーーフランスにいる知り合いから連絡があってさーーーーネットのニュース見たらしくてーーーー
『もう日本じゃ生きていけないね』って馬鹿にして笑うんだよ…あんまり笑うから電話切ってやろうと思ったらーーーーー
ソイツがさーーー……一旦フランスに来ないかって声かけてくれてーーー
フランス語が話せないって言ったら、英語が話せれば大丈夫ーーーって言ってくれてさーーーー」
私はこの時、声を出せなかった。
フランスーーーーーそれはとてつもない距離にある異国であり、塔野さんがそこに行ってしまうと思ったら、声が出なくなってしまったのだ。
それと同時に塔野さんと出会ったばかりの頃、塔野さんが英語の勉強をしていると言っていた事を思い出した。
ついでに何故か、猫が好きと言ってた事も思い出す。
「ーーーーやっぱり一緒に来てはくれないか…」
塔野さんは私の顔色を窺って、そう言って困った様に笑った視線を少し下に向けた。
伏せた目の下にできるうっすらとしたシワが、なんだか愛おしくなる。
そうだ。
「一緒に来いよ」
って。
はっきりとそう言ってくれない塔野さんの狡さを、私は愛したのだ。
「ーーーフランスーー…かーーーー
ーーーー随分遠いねーーーー…
ーーーー…私……暮らしていけるかな……」
塔野さんと一緒に居たいのに、私はその時、途方に暮れた様な気持ちになった。
「その俺の知り合いはーーーー
ーーー日本語も話せるんだけど」
ここまで来ても「来いよ」とか「一緒に来てほしい」とか、言ってくれない。
「和磨次第かなーーーーー」
私はそんな塔野さんを愛おしみながらそう告げた。
和磨次第。
今度は塔野さんが、言葉を発せずにいる。
「ーーーー和磨次第ーーー…
ーーーもし和磨が日本に残りたいって言ったらーーーー
私はここに残るーーーーー」
私は現に、苗字を父と離婚している母親の姓に戻してーーーー和磨とどこか田舎の町に行って暮らそうと考えたりしていた最中だったからだ。
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