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「まま!おしっこ!!!」
洗面所でメイクをしていると、和磨が私の後ろから顔を出し、トイレに入って行った。
今日はお気に入りの、緑と紺のボーダーTシャツを着ている。
「うん。いってらっしゃい。
…ドア閉めないの?」
「怖いもん。開けといて」
あっさりと言って、和磨はズボンを下ろして、トイレの便座に座った。
最近お友達の裕太君から、トイレの花子さんの話を聞いてから、和磨はトイレに1人で入るのが怖いらしい。
9月14日生まれの、A型の乙女座の男の子。
ついこの間、5歳になったばかりだ。
和磨を産んだのが5年も前の事とということは、あの人とはもう6年近く会ってない事になる。
私が苦手とするテレビというガラスの箱の中では、時々その姿を見かけるけれど、面と向かって、生身のあの人に会ったのはもうそんなに前なのだと痛感する。
「ママ今日なんじに来る?」
便座に座ったままの和磨に聞かれて、私は口紅を塗りながら顔を横に向けた。
「17時には迎えに行くよ」
私はリップラインを描きながら和磨に微笑んだ。
和磨の目元は、あの人によく似てる。
「浦部さんは?」
「浦部さんは来ないよ。
お店でお仕事してるから
この間のは、たまたま」
「たまたま」
和磨は私の言った「たまたま」を繰り返した。
浦部さんというのは、私が働いている雑貨屋「エテ」の店長だ。
私より8歳年上で、今年40歳になる。
大学までボクシング部だった浦部さんは40歳を迎える今も男らしい格好の良い体つきをしている。
あの人とは違う、男らしくて、頼り甲斐のある体つき。
浦部さんとは私がモデルをしていた頃に出会い、浦部さんが手作りしている「エテ」のアクセサリーのモデルを、私が務めた事がきっかけで、モデルを辞めた今も私をお店で雇ってくれている。
「浦部さんのかたぐるま、またしたいな」
和磨は私の顔色を伺うようにそう言ってみせる。
私は口紅をポーチにしまいながら「また今度お店が早く終わる日にね」と答えた。
私は和磨を肩車する事ができないから、この間浦部さんにやってもらった肩車が楽しくて仕方なかったらしい。
浦部さんは独身で子供がいないからか、和磨が小さい頃からよく声をかけてくれる。
父親がいないからか、和磨も和磨で、浦部さんの事を気に入っている。
「ママ、手あらわせて」
私と洗面台の隙間に、和磨が入ってきて蛇口を捻った。
可愛らしい、小さい手。
縦長ではない、横に広い爪はあの人にそっくりだ。
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