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「そろそろ出よっか」
私が声をかけると、和磨は頷いて、自分で保育園バックを背負った。
今日は月曜日だから、お昼寝用の布団セットを私が抱え、和磨は小さいバックを背負う。
これは毎週繰り返される、我が家のお決まりだ。
和磨がこうやって手伝ってくれるようになってから、私の育児は随分と楽になった。
和磨がまだ小さかった頃は抱っこ紐の中に和磨を入れて、保育園の荷物とお布団と、仕事用のバックを持つのが本当に大変だった。
アパートを和磨と出て、家の鍵を閉める。
駐車場に向かい、車の後部座席のドアを開けて和磨をチャイルドシートに乗せる。
そういえば和磨がまだよちよち歩きを始めた頃、突然チャイルドシートが回転しなくなり壊れてしまって大変な思いをした事があったなと思い返した。
回転が利かなくなったチャイルドシートは車から外すのも一苦労で、この時ばかりは男手が欲しくなった。
和磨がチャイルドシートに乗って、チャイルドシートのロックがしっかりかかっているか確認してから、私は運転席に乗り込み自分もシートベルトを閉めた。
保育園は車で10分ちょっとの場所にある。
「今日パパ見えそう」
和磨が車から秋晴れの空を見上げて笑う。
一瞬ドキッとして「そうだね」と返事をした。
「雲ないから、よく見えそうだね」
私の言葉に今度は和磨が「運動会の練習で1番なるの見せてあげる!」と足をバタバタさせた。
「パパはね、まだ和磨がママのお腹にいた時に死んじゃったの」
これは私が少し前に、和磨に父親の事を聞かれてついた嘘だった。
不倫の挙句あっさりと捨てられて、その後で妊娠が分かったなんて言えないし、父親がまさかあの有名俳優の、塔野一朔であるとも言えない。
それに私はもう何回も、私があの時愛し合ったあの人は死んだと自分に言い聞かせている事もあって、和磨にそう嘘をついてしまった。
私の名前を呼んで微笑み、私の頭を愛おしそうに撫でた、あの時のあの人はもういない。
あの時のあの人は死んで、あの日ホテルで残酷に別れを告げた塔野一朔だけが生き残ったんだなんて、私はあの人捨てられた直後そんな風に考えた。
私はハンドルを握る自分の左手の薬指に目をやった。
自分で買った偽物の結婚指輪が、枷のように朝日を反射してキラリと光った。
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