477人が本棚に入れています
本棚に追加
これは私が、誰とももう一緒にならない証。
あの時の、あの人以外、私はもう愛せない。
それに不倫をしたのは自分だから、あの人以外の誰かを今更求める権利も無い。
そう思って、私は自分でこの結婚指輪を買い「パパが生きていた頃に買ってくれたものだよ」と和磨に言って、これをずっとつけている。
「パパ走るの速かった?」
「速かったよ。パパは運動好きだったから」
私はそう言ってからフロントミラー越しに和磨と視線を合わせ「和磨はパパに似たんだね」と微笑んだ。
私は走るのがすさまじく遅いから、和磨の足が速いのはあの人の遺伝子だ。
「来週の運動会、楽しみにしてるからね」
私が言うと、和磨は「まかせて」とでも言うようにニヤッと笑った。
この自信満々の顔をした時の和磨は、本当にあの人に似てる。
「あ、ママ」
「うん?」
「浦部さんは、運動会来れない???」
和磨から出た予想外の言葉に、私は保育園を曲がる交差点で出すウインカーを忘れそうになる。
「浦部さん……?」
「うん…!浦部さんにも来てほしいなって」
和磨は私をフロントミラー越しにじっと見つめる。
「浦部さんは来れないよ。
お仕事あるし……」
「おやすみ取れないの?
はると君のパパはお仕事お休みしてくるって言ってたよ!」
「浦部さんはパパじゃないもん…!
……それに……
……ママが浦部さんと和磨の運動会に行ったら、パパやきもち妬いちゃうよ」
自分で言って、なんで馬鹿な事を言ってるんだと、恥ずかしく思う。
あの人は私にやきもちなんて妬かない。
俳優という仕事柄、好きでも無い女性と平気でキスもするし、ベットシーンだってこなす。
そもそもあの人はもう、私をこれっぽっちも愛していない。
「パパはやきもち妬かないよ!
ママパパの事「優しい人」って言ってたじゃん!」
和磨は珍しく食い下がる。
いつもならすんなりと諦めてくれるのに、余程運動会での活躍を浦部さん見てほしいのか、和磨はチャイルドシートから身を乗り出している。
「まず、聞いてみて!
浦部さんに、ぜったい!
ママ聞かないなら、ぼく聞くから!」
私が聞かない事を見透かしたかのように言われ、私は和磨をちっちゃい大人の様に感じた。
子供は時々、大人の私達より小さい大人になる。
小さくて、正しい大人に。
「わかったよ…もう……
浦部さんに話してみるね」
私は困ったようにそう答え、保育園の駐車場に車を停める。
和磨の嬉しそうな顔がフロントミラーに映る。
私はそれから、無意識に目を逸らした。
かつて私が大好きだった、運転するあの人の横顔を思い出してしまう。
黒くてくしゃくしゃの髪に、小さい顔が、横顔だとより引き立って見えた。
最初のコメントを投稿しよう!