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「親戚のおじさんを連れて来たって言えばいいんじゃない?」
予想外の提案に、私は目を大きくして浦部さんを見上げた。
「……プッ…!…ハハハ…!!!
いや…ごめんごめん…
……あんまり必死だったからさ……!
周りの目気になるよね…!
シングルマザーって言ってるのに俺と一緒に運動会行くと……」
浦部さんは私を見て、まだ笑っている。
浦部さんは時々よくこうして、私を揶揄う。
私はいつも、揶揄われようとしている事に気づかずに、こうなってしまうのだ。
「もう…!…浦部さん…!!!」
「琴葉ちゃん、やっぱり女優さんならなくて良かったかもね…!
自分で言ってたもんね…
『私に演技は出来ません』って、昔から」
浦部さんは言いながら、まだ笑っている。
懐かしい話。
まだモデルだった頃、ドラマに出てみないかと誘われた時があったけど、私はそれをほとんど悩まずに断った。
求められている役は私と正反対の、
勝ち気で明るく、元気なOL!!
みたいなもので、自分にその役が表現できるなんて、とてもじゃないけど思えなかった。
知らない人を演じるなんて私には無理だ。
私は過去経験した物事と、同じものや似たようなものでなければきっとその役を演じれない。
だって人間は全て、過去からできているから。
私は今も、本気でそう思っている。
「で、行っていい?運動会」
「え!?」
「僕も見たいな。和磨君が1等賞取るとこ」
今度は浦部さんが、私に微笑んで見せた。
こうやってされると、断れない。
それに和磨は、浦部さんに運動会に来て欲しいんだよなって思ってしまう。
「ーーー…じゃあ…親戚のおじさんと言う事で…」
私が答えると「うん、それで」と言い、浦部さんは机に向かった。
「休みにしなきゃ。来週の土曜日」
浦部さんは来週の土曜日が休みになると、ホームページに書き込んで、張り紙まで作ろうとしてくれている。
相変わらず仕事が早いのも、昔から変わらない。
「運動会ってお弁当だっけ?」
「あ…うちの保育園は運動会午前で終わるんでお弁当無いんです…」
浦部さんは大袈裟に頭に手を当てて「がーん」とでも言うようなポーズを取る。
「なんだ…折角琴葉ちゃんのお弁当食べられると思ったのに」
また揶揄われているなと、私は浦部さんを見てわざとらしく眉間に皺を寄せた。
「じゃあ運動会終わったら、どっかにご飯食べに行こ。3人で。僕ご馳走するから」
浦部さんは私の目を見ずに、サラリと、パソコンを見つめたままそう言った。
私が「悪いです」と遠慮すると「親戚のおじさんに花を持たせて…」と浦部さんは両手の掌を合わせてお願いのポーズをして見せる。
浦部さんは完璧だ。
優しいし、面白いし、スマートで、人に気を遣わせない。
私は「わかりました」と返事をして、店内の清掃をする為に事務室から出た。
浦部さんと結婚する人は幸せだろうなと、ふと考える。
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