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店の入り口の清掃をしようとしていると、見覚えのあるシルエットが目に入った。
秋らしいハットに、上品なワンピース。
静子さんだ。
「おはようございます」
私は店の入り口を開けて挨拶をした。
静子さんも挨拶を返してくれると、足元にいるトイプードルのレオがハッハッと興奮した様に、私に駆け上がる様な姿を見せる。
「今日も元気だねぇ」
私は膝をつき、レオを受け止める。
顔を舐められそうになるのをかわしつつ、レオを撫でる。
「近くに来たからね、覗いちゃったの。
まだオープン前なのに、ごめんなさいね」
「いえ、いいんです。
もう少しでお店開きますし、気になるものがあったら見て行ってください」
静子さんは今年で還暦を迎えるエテの常連さんだ。
この近くに住んでいて、息子さんと娘さんが家を出てからは旦那さんとレオとの3人暮らし。
いや、2人+1匹暮らしか。
月に数回エテにやってきてきては、アクセサリーや小物などを買って行ってくれる。
静子さんはいつもお洒落で、パリジェンヌの様な格好をしている、品の良い女性。
静子さんが今日被っているハットも、イヤリングも浦部さんが手作りしたエテのものだ。
「犬の首輪なんて、置いてないわよね?」
静子さんに言われて私は「首輪…」と呟きながら店内を見渡した。
首輪は、確かに無さそうだ。
「首輪は…無いですね…。
でも浦部さんに話したら、作ってもらえるかも知らないですし、話してみましょうか?」
実際、お客様から要望を頂いてから商品を作る事も多く、私はそう提案した。
「ほんと?
来月、この子の誕生日でね。
何かプレゼントをと思ったら首輪がだいぶ古くなって来ちゃったなと思って。
こちらで買えたらな、なんて思ったのよ」
静子さんがレオに目をやると、レオは静子さんを見上げて首を傾げてみせた。
「ありがとうございます。
浦部さんに聞いてみますね。
…あ…お返事、今の方がいいですか…?」
私は急いでいるのかと、事務室にいる浦部さんに聞きに行く姿勢をとる。
静子さんはそれを見て、手を胸の前で左右に振った。
「いいのいいの!
またこの子の散歩で通りかかるから!
お返事全然急がないから、分かったら教えて」
私はその様子を見て微笑んで「かしこまりました」と返事をしてレオに再び視線を向けた。
私とバイバイするのが分かったのか、レオは再び立ち上がり、またしても私の顔を舐めようとする。
「いつもごめんなさいね。
また良さそうな時に、お声かけするわ」
静子さんはそう一礼するとレオに声をかけ、いつもの散歩コースへと歩いて行った。
静子さんは私がモデルだった雑誌「Occi」を娘さんと一緒に見てくれていた事があるらしく、この店であった時から私がその当時のモデルの芹沢琴葉である事に気づいてくれた。
レンズという、ガラスを通した自分の姿を人に見られるのは、昔から気恥ずかしくて、私は1番最初に静子さんに声をかけられた時も、同じく恥ずかしくなってしまった事を思い出した。
それと同時に蘇る、あの人との記憶。
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