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「もっと、ツンケンしてるのかと、思ってた」
昔あの人に、そう言われた。
もっとツンケンしてて、冷たい女性なのかと思ってた。と。
私はそう言われて「私も、塔野さんの事、同じ様に思ってました」とあの人に告げた。
テレビというガラスと、レンズというガラス越しに見るあの人の方こそ、いつも冷たそうで、あの人の目の奥の光や、温度の様なものを、私は感じる事ができなかったから。
「よく言われる。
テレビで見るより好感度高いと思ってくれたなら、よかった」
ガラスを通さずに見た、笑ったあの人の顔に、不覚にも一瞬心を掴まれる。
「よかったら夕飯食べて帰らない?
奥さん、映画のロケで地方行ってて帰ってこなくて。
ご飯外で食べて帰ろうと思ってたんだ」
Occiであの人のインタビューの特集ページが組まれたその日に、私は2、3言話しただけのあの人に、こう声をかけられた。
「奥さん」の単語に、一瞬緊張した。
でも逆にその単語を出された事が、数秒後には安心感に変わる。
まるで、こっそりと、麻酔でも打たれたかのように。
私とあの人はこの日、結局夕飯を食べに行った。
個室のレストランに行き、食事をした後で、私はあの人の運転する車の助手席に乗った。
いつもきっと、奥さんが乗るであろう助手席に乗って、緊張していた私は手をお行儀良く膝の上で重ねていた。
あの人は私を丁寧に家まで送ってくれ、私がお礼を言うと「おやすみ」と微笑んだ。
これが今思えば、間違いだったのかもしれない。
私達はこの日を境に、時々夕ご飯を一緒に食べる仲になった。
それで少しずつ、あの人の事を知って行った。
名前は塔野一朔。
6月17日生まれの双子座で、血液型はAB型。
私より2歳歳上の27歳。
大学を中退して19歳から役者になろうと決めて、それからずっと役者をしてる事。
中学から大学まで水泳をしていた事。
ギターとピアノが弾ける事。
英会話の勉強をしている事。
猫が好きな事。
タバコがやめようと思ってもずっとやめられない事ーーーー。
むしゃくしゃしたり、嫌な事があったりすると、すぐタバコを吸ってしまうらしい。
そして、奥さんの安座間鏡花さんとは、仮面夫婦である事。
「離婚しようと思ってて」
何度目かの一緒に食べる夕飯の時に、あの人は突然そう切り出した。
私は一瞬黙った後に「そうなんですか」とそれだけ言ってその言葉を受け止めた。
「奥さんに言ったら『いいかもね』だってさ…。
なんで俺と結婚したんだよって感じだよな」
あの人は皿の上にあるステーキを、ナイフとフォークで切って言った。
安座間鏡花さんも、私が10代の頃から活躍している、有名女優だ。
「なんとか修復とか…できないんですか?」
私が尋ねると、あの人は目をまん丸にした。
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