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「修復?」
私は黙って顔を上げ、頷く。
「する必要ないよ」
あっさりそう告げて、あの人は切ったステーキを口に運んだ。
「ーーーまあ結婚した俺が悪いんだけどさ。
奥さんの猛アプローチと奥さんの親の薦めでーーーほとんど付き合わずに結婚して。
そしたら結婚したら奥さん嘘みたいに冷たくなって。
俺に興味なんて全然無いわけ。
平気で遊び歩くし、家に帰ってこないし、会話も無い」
何も言わずに、私は息をのむ。
それはテレビで見る安座間鏡花さんのイメージと、あまりにかけ離れていた。
「俺結婚した当時さ、全然売れてなくて…
『この人と結婚したらちょっとは有名になれるかな』って考えたし…
それに彼女の父親映画監督だから、映画につかってもらえるんじゃないかなとも思った」
「打算的に結婚したバチが当たったんだな」とあの人は付け足して、私はなんと返せば良いかわからず、黙っていた。
その日の帰りも、あの人は私を車で送ってくれた。
奥さんと離婚しようとしている事を伝えられた私の気持ちは、なんだか落ち着かず、私は何か話そうと思いながらも上手い話の内容が出てこなくて、ぼんやりと窓の外を見ていた。
そうしている間に車は私の住むアパートに到着し、私はいつも通りあの人にお礼を言って車を降りる。
降りようと、した。
「ーーーーー!」
右手首をあの人に不意に掴まれ、私はまだ助手席に腰を下ろしたまま振り返った。
目と鼻の距離にあの人の真っ黒い瞳があって、私はあの人に捕らえられる。
「好きなんだ」
はっきりと耳に届いた声。
なのに心が、それを素直に受け取ろうとはしない。
この人は、既婚者だ。
例え奥さんと仮面夫婦だとしても、既婚者な事に変わりはない。
「初めて会った時から、ずっと」
掴まれた右手から感じる、あの人の体温。
心臓が急にドキドキとし初めて、私はあの人から目を逸らした。
「…私……不倫はできません……!」
今にも上擦りそうな声で、やっと声を絞り出す。
でもこの言葉に意味がないって、そう思った。
私の気持ちはもう、あの人に見透かされている。
「じゃあ不倫じゃ無かったら?
結婚して無かったら、今俺と付き合ってくれた?」
「そんな事…言われてもーーーー」
実際に結婚しているのに、こんな聞き方は狡い。
私がたじろいでいるとあの人は私の右手を自分の方にぐいと引き寄せた。
「別れるよ。奥さんとは、直ぐ。
実際にもう、離婚したいって話はして、合意の方向で進んでる」
心臓が壊れそうだった。
私はこの時処女では無かったけど、まともに男の人と付き合った事がなかった。
10代の最後に初めて付き合った人は本当にろくでもない男で、たった数ヶ月で別れてしまっていた。
「でもまだ……結婚してるじゃないですか…!」
声は震えていて、私は自分が自分で恥ずかしくなる。
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