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そこで海老名は丸出の身辺調査を始めた。丸出からもらった名刺に住所が書かれてあったので、少なくとも奴の仕事場がどこにあるのかは、わかっている。池袋駅西口から歩いて5分ほどの雑居ビル。5階。だがそこにあるのは……精神科の医院だけ。
「わどメンタルクリニック」
あいつは嘘の住所を名刺に印刷してたのか? 海老名は、初めはそう思った。そこでこの「わどメンタルクリニック」の中に入ってみた。中は薄緑色を基調とした落ち着いた雰囲気。清潔感があり、清掃も行き届いているようだ。少なくとも精神科の医院としてはきちんとしていて、信用もできそうだった。
入口近くの受付に、白衣を着た看護師らしき女性が1人。年のころは40代半ば。新田と同じぐらいの年齢か。目鼻立ちの整った割と美人。まだまだ口説き落としても悪くないような女だった。
「あの、すいません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが……」
海老名は白衣を着た女性に聞いてみた。
「ここに丸出為夫という探偵がいると聞いたんですけど……」
「丸出先生? 丸出先生なら、ここにお住まいですよ」白衣を着た女性は、観音のような優しい微笑を浮かべながら、海老名にそう言った。
「でもここは……」
「ええ、ここは見ての通り、メンタルクリニックでございますけど、丸出先生の探偵事務所も入ってるんですよ。ほら、あちらの方に事務所があるのが見えるでしょ?」
そう言って、白衣の女性は左手である方向を指し示した。海老名が近眼の目を細めてよく見てみると、上部に大きく「3」と示された薄緑色の扉に、「丸出為夫探偵事務所」とマジックペンで汚く手書きされた張り紙が貼ってある。丸出の名刺に書かれてあった住所が、間違いでも嘘でもないことは、一応明らかにはなった。
「はあ、丸出為夫探偵事務所ね……」海老名は半分あきれてつぶやいた。「そういえば、ここにお住まいとか言いましたよね? ここは丸出の事務所というだけでなく、住まいなんですか?」
「そうですよ。丸出先生は、ここに住んでいらっしゃいます」白衣の女性は言った。「ただ、あいにく今、外出中なんですよ。アポは取っていらっしゃいますか?」
「アポ?」
「そうなんです。先生は、事前にアポを取られてないお客様には会われない方針でして……今ここでアポを取っていかれますか?」
「いや、結構です。ただ丸出がここにいるってことを確かめたかったものでして……ここで失礼させていただきます。ありがとうございました」
そう言って海老名は「わどメンタルクリニック」を後にした。
それにしてもあのバカが。事前にアポを取らない顧客には会わない方針だと? ただでさえ無能なのに、客なんて来るのか? 今外出中というのも、どうせ今うちの署へ遊びに行って、うちの刑事たちの仕事の邪魔をしているのは明らか。おそらく一般人を相手にはしないで、うちの署や警視庁本庁から報酬をもらって食っているだけだろう。とんだ税金泥棒だ。ただでさえ警察は税金泥棒だなどと悪口を言われているのに、その税金泥棒からまた泥棒じみたことをして稼ぐなんて……どこまでも嫌な奴。
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