怪しい名探偵 第5回 目玉が見ていた真実

1/79
前へ
/79ページ
次へ
 5月。様々な花が咲いては散り、暖かな陽気に背中を押されて新緑は深まっていく。冬の名残の肌寒さも緑の葉に覆われ、透き間すらなくなってしまった。  長い連休も明け、新米の若い制服警官たちに5月病が流行し始めるころ。20年も警官人生を送ってきたある刑事にも、軽い5月病が肩にのしかかり出している。  池袋北(いけぶくろきた)警察署の刑事課・強行犯捜査係(通称・捜査1係)の海老名(えびな)忠義(ただよし)。40を過ぎて、もうとっくの昔に5月病に対しては免疫ができているはずだが、今年はなぜかまた新型の5月病に感染してしまったようだ。身体がだるい。頭が痛い。仕事なんかに行きたくない。それは決して二日酔いのせいだけではないようだ。  丸出(まるいで)為夫(ためお)。全てあいつのせいだ。トレンチコートにベレー帽、パイプ煙草。その姿はシャーロック・ホームズの間抜けな物真似なんかではなく、もはや海老名にとっては悪魔の化身のように思えてならない。ひょっとしたら今日も朝から、すでにあいつが署へと遊びに来ているかも。それを考えただけで、仕事場である警察署へ歩く足も自然と重くなってくる。  自称・名探偵。その仕事は、海老名たちの仕事の邪魔をするだけ。出鱈目な推理を披露したり、犯人と間違えられるようなバカなことをしたり……その一方で、海老名を始め、色々な刑事たちの秘密、というより弱みを知っている。いったいどこから、そのような情報を仕入れて来るのか? あいつはいったい何者なのか? バカなのか? 利巧なのか?   海老名は警官なのに酒気帯び運転をして、上司の藤沢(ふじさわ)周一(しゅういち)係長に免許証を取り上げられてしまった。そのことを警官でもない、ただの私立探偵である丸出は知っている。それだけなら、まだいい。前回の事件で新たな秘密を知られてしまったようだ。同僚の女性刑事・新田清美(にったきよみ)の秘密を。新田の秘密は海老名の秘密でもある。新田が一方的に射殺した殺人犯に関して、海老名はそれを正当防衛だと主張したのだ。だが新田の話によると、正当防衛の成立が難しい単なる射殺のことを丸出は知っていたが、それに海老名が関わっていることを一言も言わなかったとか。  丸出は、あの件に海老名が関わっていることを知っているのかどうか。それを考えただけで、宇宙空間に放り出されてしまったような無重力状態を、地に足を着けながらも感じてしまい、正気を保つにもその正気までが宙をさまよってしまいそう。  ああ、もう我慢ならん。こっちまで、あいつのバカを感染(うつ)されそうだ。あいつはいったい何者なんだ?
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加