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男は眠ってなどおらず、食い入るようにじっと、四角い小さな鉄格子の向こう側にある月を見上げていた。
——なんて……綺麗なひと……。
口元に無精髭が見える。髪も少し伸びていて、薄灰色の前髪が男の目の上に掛かっていた。
それなのに——彼の放つ威光とも言うべきか。
前髪や髭に隠されていても、およそ囚人らしからぬその秀麗な面輪を容易に想像することができる。生前は美しいと名高かった異母兄弟をいやというほど見てきたマリアですら、思わず見惚れてしまうほどに。
……カチャン。
その時、トレイに乗せたスプーンが揺らいで小さな音を立てた。そしてその音は、しばし続いた静寂と沈黙を破る合図となった。
「それを牢の中に入れる必要はない。持ち去れ」
男の艶やかな声がしんと静まり返った独房に響く。
地下牢の重苦しい空気が、一瞬にして冴え渡ったように思えた。
——顔だけでなく、声も綺麗。
男はマリアの存在に気づいていたようだ。なのに顔を向けようとはせず、月を見つめたまま言葉を放つ。
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