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取り引き
負けてなるものかと、マリアは長いまつ毛に縁取られた瞳で男をぐっと見上げた。
月あかりを背負った背高い男の影は覆いかぶさるほどに大きく、目の前に立ちはだかる者が人殺しかも知れないと思えば恐怖心が湧き上がる。
——怖い、でも。
ほんの一瞬が何倍にも長い時間に感じられる。刹那、月を見上げるこの男のまっすぐな眼差しがよぎった。
「本当に、あなたが殺したの?」
頭の中の疑問が、思わず口を突いて出てしまう。即座に後悔したが遅かった。
マリアを見下ろす大きな影のなかで、男の見開かれた青い眼だけがぎらりと光る。その威圧は凄まじく、鉄格子に守られていなければ、恐怖心に勝てずに床にヘタりこんでしまっただろう。
「…………」
一呼吸置いて、男は頭上にかざしていた腕を下ろした。大きな影が鉄格子からすっと遠のく。
「君に話すことは何もない。それを持って下がれ」
「っ、ですから! ご飯はちゃんと食べてくださいと……」
ギュルルッ。
張り詰めた緊張を破るような間抜けな音がした。
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