取り引き

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「わ、私の事はいいので。あなたはさっさと食べてくださいっ」  もうほとんどやけくそに言えば、男の口元が緩やかな弧をえがく。 「どうやら君は、どうしても俺にその食事を食べさせたいようだ。ならば取引をしよう。俺がを食べたら、君はその残りを食べる。君は与えられた(かて)を無駄にするのは殺人よりも罪が重いとまで言った。では君は、与えられた食事ならどんなものでも食べるのだな?」  悪戯(いたずら)に微笑む眼差しは、マリアの反応を見て愉しんでいるようだ。  皿の上にあるものは……カビたパンと冷めたスープ。  男が先に口をつけたものをマリアに食べろと言っているのだ。  会ったばかりの、それも素性も知れぬ囚人の残り飯を食べる事をマリアが嫌がるとでも思ったのだろう。  ——私への嫌がらせのつもりでしょうけど? 私は普通の女じゃありません。祖国を追われてからこの三年、針のむしろを歩いてここまで来たのですから。 「もちろんです。何も問題はありません」  そうか。と呟いて男はパンを手に取り、 「さすがに身体に悪いものまで口にしろとは言わぬだろう?」  カビた部分を丁寧に千切って取り除く。  そのあとは素早くパンの半分を口に入れ、スープの半分を飲み干した。その食べっぷりの良さが思いがけず、マリアはほっと胸を撫で下ろす。 「次は君の番だ」
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