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——でも。そう見えたのはお月様のせいかも知れないわね? 青い月灯りの下では石ころでも輝いて見えるもの。
マリアが「床に落ちたパンを拾って食べた」と言えば、クロエが驚いて素っ頓狂な声を上げる。
「ちょっとマリア、平気……? お腹痛くなってない?!」
「ううん、平気みたい」
祖国を追われたマリアは、時には生きるために傷みかけたものでも口にしなければならなかった。幾度もお腹を壊しながら、この三年で胃腸が随分と鍛えられたと思う。
さすがに床に散らばったスープを食べるという心構えを持つのは簡単じゃなかったけれど——。
結局、男の制止があって窮地は逃れたものの、ノルマンが作ったものを台無しにしてしまったのは確かだ。
「囚人の食事なんて適当に運んどきゃいいのにっ。どうせすぐ死刑になる男に、マリアがそんな思いをしてまで食べさせようとする意味ないわよ。だいいち、なんですぐに処刑されないの? 囚人に与える食事代だって無駄じゃない」
「冤罪だと言い張って、殺人の罪を認めないのですって」
「まぁ、どうだって私らには関係ないけどさ。マリアも、次からとっとと食事を置いて帰ってくることね。むしろ食べないって言うのなら、もう届けなくてもいいんじゃない?」
「食事を届けることが今の私の仕事だもの。それにあの人が死刑になるって、まだ決まったわけじゃないし」
マリアを制したあと、長い睫毛を伏せて男は言った。
『正論を威勢良く豪語していても、君のような女性が床に落ちたものを本当に口にするとは思わなかったのだ。情けないことだが自分の不甲斐なさに辟易して、その苛立ちを君にぶつけてしまった。』
不快な思いをさせてすまなかったね——と、男はひどく真面目な顔をして謝罪を口にし、マリアに頭を下げた。
——あの言葉と態度を信じればだけど……。思っていた感じとは少し違っているみたい。
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