涙の理由(1)

2/2
2446人が本棚に入れています
本棚に追加
/573ページ
   人通りから逸れた庭園は綺麗に舗装されているが、その一端には木々が立ち並んで追い茂る。きらきら光る()の光を、重なり合う葉と葉の合間から地表へと落としていた。  柔らかい草の上に、並んで腰を下ろす。  もしも綺麗なドレスや礼服を身に付けていたら、草の上とはいえ地面にじかに座ることなどなかったろう。  この帝都において、マリアはもちろん皇太子ジルベルトの顔を知る者は皇城の関係者の他、ほとんどいない。  皇城の中とは全く異なる気易い環境が、ジルベルトの心を柔軟にした。 「あの夜の事だが……。急にあんな態度を取ってしまって、すまなかった」 「…………」 「怒って、いるだろう?」  怒っている——その言葉を聞いたマリアは、弾かれたように慌てて顔を上げた。  水面(みなも)のさざなみのような光を受けながら、ストロベリーブロンドの髪が揺れる。長い睫毛に縁取られたアーモンド型の大きな瞳は、やはり憂いに満ちていた。 「怒っているのではありません。あたなに私が怒る資格など、ありません…… !」  ——愛らしい声を、やっと聞かせてくれたな。  ジルベルトは密やかに安堵して、心の中でそっと微笑んだ。 「怒っているのでなければ、なぜそんな顔をしている? 俺が五日もマリアを放っておいたから?」 「それも、違います」  呟くように言葉を紡ぐと、マリアはまた下を向いてしまう。 「マリア……。俺が君を悲しませたのなら、謝らせて欲しい。君の気が済むまで、何度でも謝ろう。俺は君の——」  ——笑顔が見たいのだから。君の喜ぶ顔が見たいから。  そのためだけに、俺は今日までの五日間を積み上げて来たのだから。
/573ページ

最初のコメントを投稿しよう!