そこに芽生えたもの

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「冗談だよ。こんな怪我、大したことはない。それより……なんで君が囚人の介抱など」 「それは……そのっ……」 「殺人の容疑がかかっているような野蛮な男だ。手のひらを返して、君に襲い掛かるかも知れないぞ」  マリアの膝の上で、細く開けた目蓋から覗く(あお)い瞳はどこか遠くを見つめている。 「なんとなくですけど……。あなたが人殺しだとは、思えなくて」  フッ、フ……。笑っているのだろうが、切れて血を流す口元や顔の擦り傷は痛々しく、かろうじて鼻を鳴らす男はやはり辛そうだ。 「君がなぜそう感じるのかは知らないが——俺はもうずっと、を探していてね。貧民窟で聞き込みをしていた時に、男の悲鳴を聞いて駆けつけた。殺人の現場に遭遇して逃げ去ろうとする犯人の腕を斬りつけたのだが、犯人には逃げられてしまった」 「あなたが冤罪を唱え、宰相様を呼ぶよう訴えていると聞きました。でも皆は、そんなあなたが気狂いだと」 「この国の宰相ロベルト・バルドゥは俺の幼馴染なんだ。俺の顔を見れば、すぐに釈放するだろう」 「宰相様が、幼馴染み……?」  宰相ロベルト・バルドゥと言えば。  もとは家門に三万人の兵力を持つウエストエンパイア随一の伯爵家出身者である。その明晰な頭脳を買われ、二十歳の若さで宰相職に抜擢されてから三年が経った今でも、国王からの絶大な信頼を得る国政の第一人者だと聞く。 「ロベルトは……あの男は。本当はもっと大きな国を動かすべきなんだ。帝国皇太子の指図をも跳ね除け、貧しい者たちのためにと敢えて弱小国の宰相となった彼がウェインの国民に与えた功績は大きい。そして帝国の皇太子も、それを認めている」  ——そんな偉大な宰相様が幼馴染みだなんて。この囚人(ひと)、いったい何者なの?
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