ジルベルトと天使——*

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「見せしめなど必要ない。……忘れるな。君主の剣は敵を殺すためにあるのだ。味方を(おど)すためにあるものではない」  フェルナンドは僅かばかり双眸を泳がせて「はい」と呟き、敬意を示して頭を下げた。  ———マリア。  ジルベルトの薄青い瞳の奥に、絶望のなかで自暴自棄に陥った自分を励まし、世話を焼いてくれたメイドの無垢な愛らしい笑顔が浮かふ。 「そうだ……俺を死の淵から引き上げてくれた、あの若いメイドはどうした?」 「さぁ、私は存じ上げませんが」 「彼女の名はマリアだ。下働きのマリアを探して俺の前に連れて来い、礼を言いたい。  それと——俺の身分と素性は、彼女には絶対に告げるな」 「それはなぜです?」  フェルナンドの問いかけに、ジルベルトがおもむろに視線を逸らせる。 「彼女は下働きをしていて家名すら持たぬような者だ。囚人として接していた俺がいきなり皇太子だなんて名乗ったら……怖がるだろう?」  皇太子がこれまで一度も見せたことがない照れたような表情(かお)をするので、フェルナンドはぽかんと見つめてしまう。
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