マリアの好きなひと

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マリアの好きなひと

 マリアは戸惑っていた。  まず、言いつけられた井戸がどこだかわからない。 『お店を出たら、すぐ裏にあるわよ』  仕事仲間のミアは確かにそう言った——いつものように、マリアを嘲笑うような目をして。  いったい何がそんなに可笑しいのだか、マリアにはわからない。  それにマリアを笑うのはミアだけじゃない。ミアを取り巻く同年代の居酒屋店員イルマとゼノンも、ミアと一緒になって何かとマリアに絡んでくるのだ。 「ええっと、井戸、井戸……このへんにあるはずなんだけど」  夕刻を過ぎた空には一番星が輝いている。居酒屋店の裏庭はうっそうとして、マリアは群青色の空気に包まれる——逢魔時(おうまがとき)だ。  ——誰もいないし、暗くて怖いわ。  店裏の井戸から水を汲んで来いとミアに言われた時も、ミアを挟む二人はニヤニヤとうすら笑いを浮かべていた。  その笑いが何を意味するのか、マリアだってわからないわけじゃない。あの三人はいつでもマリアが失敗するのを待ち構えていて、何かあればすぐに店主に報告をする(あることないこと、三倍くらいの尾鰭を付けて)。  もっと言えば、その失敗というのも『彼女たちが作り上げたもの』だと言ってもいい。マリアはいつもられるのだ。
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