長雨と小さな命

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長雨と小さな命

 それから数日のあいだ、土砂降りの雨の日が続いた。このウエストエンパイア一帯において、雨期の到来を告げる長雨だ。  夜間は付近にある宿屋の客で賑わう居酒屋だが、昼間は西の国境に向かう旅人たちが立ち寄る定食屋になる。だが雨期に入り雨が続くと客足も減ってしまう。  マリアたち授業員もがらんどうの店ではすっかり手持ち無沙汰で、いつもはマリアのそばで皿をわざと落として割ったり、掃除バケツをひっくり返したりするミアたちの意地悪もなりをひそめていた(仕事も無いので意地悪のがないのだ)。  ようやくおさまった雨足が灰色の雲の合間に太陽を連れてきた、そんな日だった。 「これを宿屋のアムルに届けてくれ、三件先の宿屋だ。わかるよな?」  お遣いを店主に言い渡されたマリアは、両手におさまるほどの大きさの包みを持って大通りに出た。  大通りと言ってもここはウエストエンパイアの西の果て。田舎道は土砂降りの雨のあとのぬかるみで、一歩行くたびにマリアの剥き出しの足元にビシャリと泥水が跳ねる。 「どけどけ!!」  すぐ近くを馬車が通り、大きな車輪が特大の泥水をはね飛ばした。  それはマリアにも容赦なくかかり、言われた宿屋に着く頃にはスカートの上のほうまで泥のシミだらけになっていた。 「お届け物です」  そんなマリアの姿を見て宿屋の主人は顔を顰めたが、そんなことよりもマリアの頭の中をいっぱいにしていたのは——  ——、だいじょうぶかしら……?
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