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亡き母親とともにかつては離塔に幽閉され、着るものもままならなかったが、食事だけはきちんと与えられていた。
十本の指で足りる数の従者と数名のメイドたち。そして最愛の母……それがマリアの世界の全てだった。けれど不満はなかった。
「きゃっ」
気を抜いた拍子に転びそうになる。大きなトレイが邪魔をして足元がよく見えず、階段を踏み外しかけたのだ。
マリアの声を聞きつけたのか、看守が階段下の廊下の奥から走り出てきた。
「おい、気をつけろ!」
「驚かせてすみません……っ。転びそうになりましたが、もう平気です」
——危ない、こんなところでもドジをしでかすところだった。
「君がマリアか?」
「はい。囚人の配膳を命じられました」
「話は聞いてる。こっちだ」
無精髭を生やし、身なりに気を遣っていなさそうな看守はさも面倒くさそうに顎をしゃくって合図を送る。
「どうせ死刑になる男だ。食事を与えるなんざ、適当にすりゃぁいい」
「適当に、って……そうはいきません。それに死刑になるって、まだ決まったわけじゃありませんよね?」
「高貴なお方の命を奪ったんだぜ? 罪は重いさ。数日後にゃ判定が下りて死刑が言い渡されるだろうよ」
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