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——死刑。
それは人ごとだと思うからこそ平常心でいられるものの、自分の身に起こるかも知れないとあればとんでもない非常事態だ。
殺人を犯した極悪人でも、恐怖で暴れたり自暴自棄になってしまうのは仕方がないと思う。
——そりゃあ、食欲もなくなるでしょう。
この先会うであろうその囚人がどんな男だかは知らない。マリアに与えられた情報は、男が殺人の容疑をかけられているということ。それに『じゅうぶんに食べていない』ということだけだ。
——罪を犯したとしても、違っていても。せめてお腹だけは満たして欲しい。
マリアが何年にもわたって虐げられながらも、心を病むことなく過ごすことができたのは、きちんと食事を摂らせてもらえたからだとも言えるのだ。
「ほら、あそこだ」
看守が顎でしゃくった先——狭い廊下が開けた向こう側は、思いのほか明るい。
地下牢といえども天井に近い場所に小さな窓があり、そこから白々と月光が差し込んで、石造りの床に鉄格子の影を規則正しく落としていた。
——この奥に、本当に人が……?
他に捕らえられている者がいないせいか、辺りは水を打ったように静かだ。
「俺もこれから看守部屋で食事を摂る。なんかあったら大声で叫べよ? 助けに来てやっから」
マリアの顔をまじまじと見つめれば、まだ若者らしい看守はきしし! と笑う。
「お前さんの耳に入ってるかどうかは知らんが。あいつ、見かけによらずなかなかの暴漢だぜ? 気量良しの女なんか見たら何をすっかわかんねぇよ。まぁお前さんに何があっても俺は責任取らんがな!」
看守の言葉は、マリアの心を縮こませるのにじゅうぶんだった。
ただでさえこんな場所に一人きりで来ること自体が恐怖なのだ。
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