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怪盗ビギナーの存在が間近に迫っていることにダグ警部は昂る。
「この館は既にクリアリング済みだ。盗聴器は絶対にない。
となると、私が怪盗ビギナーだという可能性も?」
「えぇ、否定はできません。先月この場に居合わせていた以上、
容疑者の一人に数えられてしまいます」
警察官とは、清廉潔白の名の下に正義を遵守する豪儀な職業。
それが窃盗未遂の疑いをかけられたとあっては気が気でないのも当然である。
「どうしたらこの容疑を晴らせる?」
親指の腹をゆっくり唇に滑らせるルイディ。
眉間に寄せた皺はまさしく思考を研ぎ澄ませている証であった。
「警部には吸血鬼の秘本を届けに行ってもらいましょう。
要は怪盗ビギナーの協力者になるんです」
反射的な抗議を彼は指一本で制する。
「もちろんその秘本は偽物です。本物は展覧室に置いておきます。
偽物を掴ませたところを一斉に取り押さえるとしましょう」
「なるほど、おとり作戦か。
しかし、奴がのこのこ姿を現すとは到底思えない。
そもそも今の話し合いも筒抜けなのでは?」
「……それでいいんです」
ルイディは消え入りそうな声で虚ろに天井を見上げた。
気まずさを紛らわすためか、老朽化したタイルは粉を一つまみ分落とす。
それは次第に空気中へ溶けていき、
やがて何事もなかったかのように全く見えなくなった。
静寂が行き交う中、ダグ警部を手招いたルイディが耳元で囁く。
「私はダグ警部を信用します。
もし先程の会話をビギナーが聞いているとすれば、
必ず裏をかいてくるはずです。
恐らく秘本の受け取りは代役に任せ、
本人は展覧室に直接乗り込んでくることでしょう。
ですから、警備は展覧室に集中させます。
警部には悪いですが、相手の警戒心を解くためにも
護衛は距離を置かせていただきます」
完璧な作戦に無言で頷くダグ警部。
怪盗ビギナーを捕らえる手筈はようやく整った。
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